言霊〜Supiritual Words〜2009年分

2009年12月の言葉

できるかできないかではない。やるかやらないかだ!

何かを成し遂げようと思うとき、人はまず「できるかできないか」を考えます。そうやって挑戦する前に、自分にできるかできないか答えを出してしまいがちです。

しかし本当にやろうと思うことなら、できるかできないかは問題にするべきではありません。今の自分にできるかできないかなんて、頭で考えてもしょうがないのです。できることしかしないのなら、そこに成長はありません。やると決めたらやるんです! できないようなことでも、なんとかしてやってみせるのです! 全身全霊すべての力を傾けて、なにがなんでもやり抜く気持ちを持たなければ何事も成就しません。

成功の第一歩は、なんとしてもやり遂げようという気魄に尽きます。できないと思う前に、まずは自分の心に「必ずやるんだ」と誓ってやろうじゃありませんか!

2009年11月の言葉

空気を読むな!――九州大学法学部・五十川ゼミ T先輩のことば

みなさんご存知かと思いますが、近年の造語にKYというものがあります。場の空気を読めない人のことを「KY(空気・読めない の略)」と呼んで蔑む言葉です。

毎年2月に開催される五十川ゼミの総会で、参加したOBから現役学生達へメッセージが送られます。そこでT先輩が後輩達に贈ったのがこの言葉です。

「最近世間ではKYという言葉がはやっていて、場の空気が読めない人を馬鹿にする。その風潮のせいで、集団の中で物を言うことがだんだん難しくなってきている。『こんなことを言ったら場の雰囲気を壊すんじゃないか?』と萎縮し、自分の考えを言わない人が増えてきている。私はむしろ君達に、『空気を読むな!』と言いたい。人と違う意見を言うことを恐れるな! 人と違うからこそ発言に価値があるのだ。そして、人もまた自分と違う意見を持っていることを尊重するのだ。」

さすが社会人の先輩、若き後輩達に素晴らしいメッセージをくださる! と感心しました。昨今の、空気を読んで物が言えなくなる風潮には、憂慮すべきものがあります。マスコミが人為的に誘導する世論というものに雪崩を打って国民がついていく姿、その雰囲気に対して物が言えなくなっていく様子は、戦前のようだと言う方もおられます。

そんな状況で物を言うのは本当に損なことです。理解されないどころか、石つぶてが飛んできます。しかし私は気力を振り絞って物を言いたい! 正義は、真実は、その場の雰囲気などで変わり行くものではありません。正しいことはきっといつか歴史が証明するはずです。議会人として、迎合よりむしろ反骨でいきたいと思います。

2009年10月の言葉

得意端然 失意泰然

得意の絶頂にあるときはむしろひかえめにし、失意のときも平然としているということ。「端然」を「淡然」と表記することもありますが、私としては「端然=正しくととのったさま」のほうがしっくりきます。

長い人生には、山もあれば谷もあります。誰にも浮き沈みがありますし、大きな勝負をする人ほどその落差は大きいでしょう。政治家などは「大きな勝負をする人」の最たるものです。どれだけ世の中のためと思って頑張ってきても、選挙という一発勝負に敗れれば借金を背負って無職になって放り出されます。

いや、これは政治家だけではないかもしれません。夢を抱いて独立した起業家も、プロスポーツの世界で頂点を目指すアスリートも、全ての責任を自ら背負って人生の山谷を歩いていきます。

いいときもあれば悪いときもある。だからこそ、環境の変化に一喜一憂しない強さが必要です。順風満帆の日にも調子に乗らない謙虚さと、どん底のときにも腐らずに努力を続ける姿勢が必要です。けれんみなくひたむきに歩み続ける一歩一歩が人生を作るのです。

2009年9月の言葉

幾たびか辛酸を嘗めて、志初めて堅し――西郷隆盛

第45回衆議院選挙は、自民党の大敗に終わりました。終始凄まじい逆風を肌身に感じていた私ですが、今回の選挙には信念を持って捨て身で挑みました。「艱難、汝を玉にす」の言葉どおり、逆境での奮闘は私自身をひとまわり大きくしたのではないかと思っています。

このたびの結果は、有権者が自民党に下した審判だと思っています。これも自民党の体質や驕りへのご批判と謙虚に受け止めて、保守政党としての再建をしっかり果たしていきたいと思います。

私が応援してきた山崎拓前衆議院議員は、くしくも選挙後のメールマガジンでこう語っています。『自民党は、私も長く籍をおいて参りましたが、立党時の、国を再建する燃ゆるがごとき情熱と理想が徐々に失われてきたと言わざるを得ません。』

戦後の復興を果たしてきた自民党が今こそ立党の精神に立ち返って、国家の独立と経済の復興、国民生活の安定に向けた建て直しを図っていきたいと思います。

2009年8月の言葉

艱難、汝を玉にす(かんなん、なんじをたまにす)――ことわざ

2003年から政治の世界に身を置き4年間、「自民党とはどんな党か?」「民主党とはどんな党か?」本質を見極めた上で2007年に私は自民党に入りました。それから2年半、自民党は結党以来の危機的状況を迎え、逆風は収まるどころかとめどなく吹き荒れています。多年にわたるマスコミのネガティブキャンペーンにより、自民党は圧倒的不利な形勢にあると日々感じています。

しかし、信念を持って選んだ道である以上、ここで逃げ出すわけにはいきません。敗色濃厚かもしれない、下野するかもしれない…そんな苦しい時こそ、地に足をつけて正面から逆風に立ち向かっていきたいと思っています。

政治家にとって大事にしなければならないものは、目先の損得ではありません。世に問うべき己の信念です。苦しい時に歯を食いしばって踏ん張ることこそが、骨太な政治家として自らを成長させるでしょう。揺れ動く世論や無責任なメディアの煽りに右往左往することなく、この国のあるべき姿を求めてまっすぐに歩み続けようと思います。

2009年7月の言葉

捨てる神あれば 拾う神あり――ことわざ

自民党の混乱や支持率低下にともなって、私への風当たりも強くなってきました。悪魔に魂を売ったかのように言われ、もう応援しないという声も聞こえてきます。私が日々どう考えどう活動し、それがどう社会につながっているのか、伝えることも理解を得ることもできていないのは私の不徳の致すところでしょう。

しかしそうした中にも、私の活動に理解を示し激励の言葉をかけてくれる人がいます。離れていく人もいれば、信じてついてきてくれる人もいるわけです。そんなときに、有り難さや心強さとともに沸き起こってくるのがこの言葉です。「拾う神もあるのだなあ」と、地獄に仏を見る心地です。

日本には古来より、八百万(やおよろず)の神がいると言われてきました。それは無限に異なる価値観の象徴です。人の数だけ多様性があり、それぞれの違いを認める国が日本であり、一神教の国々と違うところです。

有権者という八百万の神々は、二年後私をどう裁くでしょう。それは神のみぞ知るといったところでしょうか。どう裁かれようと、私はそれを恐れるものではありません。私が信念を貫く限り、拾う神もあると信じています。泰然として怯まず前に進むのみです。

2009年6月の言葉

爾今生涯(じこんしょうがい)

中学校の同級生が教えてくれた言葉です。爾今とは、今より後ということ。ここから先が生涯である、つまり、人生どこで区切ってもそこからが出発であるという意味になります。

私はラグビーが大好きで今でもプレーをしていますが、このスポーツに一番必要なのが闘争心であり、敢闘精神です。ときには自分達よりはるかに強いチームとぶつかることもあります。立て続けにトライを奪われ、戦意を喪失するような場面もあります。そんな時いつも私が思うのが「ここから1本のトライを奪い返すのだ!」ということです。やられっ放しでは終われない。一矢報いるのだ! トライを奪われた後、次のキックオフの笛が鳴ればまた新たな勝負なのです。

人生もこれによく似ています。どんなに痛い思いをしても、どんなに苦しい場面でも、どんなに不運が続いても、シュンとしない、うつむかない、決してゲームを捨てない。人生というゲームはまだまだ長いのです。過去を悔やまず、「負けるものか! ここからが勝負だ!」という意気で闘う矜持を持ち続けたいものです。

2009年5月の言葉

「トヤモ、ゲンキ。 ユワヲノセイコウ、マツバカレ」(トヤも、元気。巌の成功、待つばかり)――鬼木誠の曾祖母 大浦トヤ

私の母方の家(大浦家)は、対馬の出身です。宗氏が国境の島・対馬を任されて移り住んだときに、ついて来た家臣であるとされています。

私の祖父・巌は、対馬で生まれ育ちました。どうにも手のつけられない悪ガキだったという逸話が残っています。

そんな祖父がどういう経緯でか、医者になることを志して、久留米医師専門学校(現在の久留米大学医学部)に行くことになりました。島を離れ、ひとり福岡で苦学している際に親から送られてきた手紙に書いてあったのが、この一言です。

祖父はこの手紙を額に入れ、終生大事に携えて努力を続けてきました。字も知らない母が、わが子を思い、したためた手紙。それを胸に、身寄りもない地で刻苦勉励した祖父。どんな母もわが子の成功がなによりの望みなのだということを思うと、涙が溢れそうです。

今月私は生まれて初めて対馬に行ってきます。祖父の育った場所(今の対馬市上対馬町河内)まで行く余裕がなさそうなのは残念ですが、大陸に最も近い島の空気を吸ってきたいと思います。

2009年4月の言葉

綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)――漢書(劉向伝)より

綸とは太い糸のことです。君主の言葉は糸のように細いとしても、それが国のすみずみまで達する時には綸のように太くなっています。その様子を例えて、君主が臣下に対して発する言葉を綸言と言います。「綸言汗の如し」とは、「一度口に出した君主の言は、汗が再び体内に戻らないように、取り消すことができない」という意味です。

議会における、議員や知事の発言に関しても同様のことが言えます。議会という公の場で発した言葉は、そのまま県の方針として議事録に残されます。いいかげんな質問や、思いつきの提案、軽はずみな答弁は決して許されません。議会も県執行部も、入念に言葉を選んで質問と答弁を作り上げるのです。

「本会議場での質問はセレモニー化されており面白くない」という批判もありますが、そもそも議会は観客を面白がらせるためのものではないのです(最近の国会は劇場化・パフォーマンス化していますが)。「本会議場での質疑応答は出来レースだ」と言う人もいますが、議会は本会議場で行き当りばったりの勝負をしているのではなく、本会議場に入る前に、それはそれは激しいせめぎあいが行われているのです。

この2年間、私は自民党県議団の政策審議会・事務局長として、党の代表質問作りをやってきました。それは、会派の主張を取りまとめ、執行部に質問を投げかけ、より良い答弁を求めるという、大変な作業でした。県政第一党であるからこそ、そこでの質問の質の高さと答弁の内容にはこだわりました。まさに議員としての責任の重さと、県政の場における言葉の重さを噛み締める日々でした。

議会人とは、言論を武器に戦う侍です。「武士に二言は無い」を地でいく世界です。そうした気概で頑張っている議会人もいるということを世に知ってもらいたいものです。

2009年3月の言葉

鳴かぬなら ほっとけ ホトトギス(字足らず)――福岡県議会議員 井上貴博さん

この2年間、私と警察委員会で議会活動をともにした井上貴博さんの言葉です(井上県議が警察委員長、私が副委員長でした)。

どうにもならない事態に直面したときに、歴史上の人物がどういう行動をとるのかを表した句があります。

麻生太郎現首相が3度目の自民党総裁選で悲願の勝利をあげたとき、総裁選を精一杯応援した井上県議と麻生代議士は祝杯をあげました。ある時は怒り、ある時は仕掛け、ある時は耐えた麻生代議士、天下人の句に自分の道程をなぞらえて振り返りました。そこで、「君ならホトトギスをどうするか?」という問いに、井上県議が答えたのがこの言葉です。

政治家の仕事は、身近な小さな頼まれごとから国の大きな展望まで多種多様です。重要だとされる事柄も、人それぞれに異なります。景気も大事、医療も大事、教育も大事、治安も大事……どれもそれぞれに大事です。限られた経営資源(時間・労力・お金)で、それぞれの解決を図らなければなりません。一つの問題だけに全力を注入することはできないのです。

経済成長時代には、国民の希望をすべてかなえてくれる政治家が力のある政治家であり良い政治家でした。そこには政策の優先順位や、「できません」と断る勇気が欠けていました。しかしその構図は国の借金を無制限に増大させ、問題を次世代に先送りしてきました。これからの政治には、政策の選別や濃淡のメリハリが必然となっています。

たくさんある問題の中で、優先順位によっては、なかなか解決しない問題もあるでしょう。どんなに社会のために力を尽くしても、良かれと思って行動しても、理解されないこともあります。そんな時に責め立てられても逆恨みを買っても、泰然として「ほっとく」勇気も必要です。黙って耐え忍び、自分の今なすべきことをやり続けるのです。

「ほっとけ」という言葉に対する誤解を恐れず、あえて今月の言葉とさせていただきました。

2009年2月の言葉

Do the harder right thing!(たとえそれがより困難であったとしても、正しいことを行う)〜株式会社カラーズ・社是

私の高校ラグビー部の先輩・佐久間敏雅さんが代表を務める会社の社是です。日本語で聞くとインパクトが薄いのですが、英語で書いたほうが迫力が出ます。Do the right thing!(正しいことをしなさい)であり、Do the harder!(より困難なほうをとりなさい)なのです。「どんな困難があろうと自分が正しいと信じた道を行きなさい」という信念の言葉です。

二期目の選挙が終わり、私が自民党に入ってから約2年が経ちました。無所属で頑張る私に期待した方々からはいまだに多くの失望の声が聞かれます。「自民党はどうにもならない悪い政党だ」と認識されている方々からすれば当然のことでしょう。客観的に見て「鬼木は二期目の選挙に当選するやいなや権力に擦り寄った」と映ってしまうのもいたしかたありません。

しかし私も四年間政治の生の現場を見たうえで、信念を持って自民党に行きました。(私の説明が十分でなく申し訳ありません。どうしても他党を悪く言うことになってしまうので未だに十分に表現できておりません)どんなに逆風であっても支持率が下がっても、自民党に入ったことは私にとってのharder right thingです。

テレビと新聞が世論を作ってしまうという抗し難い時代の波が押し寄せていますが、時がたてば必ず結果が出ます。人が何と言うかではなく、人からどう見られるかではなく、自分が信じた道をただひたむきに行きたいと思います。
Do the harder right thing!

2009年1月の言葉

志を立てて以て万事の源と為す――吉田松陰

幕末に松下村塾を開き多くの志士を育てた吉田松陰は、三十歳という若さで斬刑され亡くなりました。彼が後の日本に与えた影響の大きさを考えたとき、人生とは長さではなく、何を為すかということに尽きると考えさせられます。

三十年を熱く激しく駆け抜けた彼の力の源は何だったのか? その答がこの一文にあります。人間の行動全て、力の源は志にあるのです。行動するもしないも本人の意志次第、その強い意志を支える根幹となる志を持つことが全ての始まりなのです。

ぼんやり生きても一生。懸命に生きても一生。「あなたは何をしたいのですか? あなたは何のために生きているのですか?」単純な問いですが、何より大切で何より厳しい問いです。

厳しい経済情勢の昨今、政治のあるべき姿が問われています。私自身、政治を志した原点に立ち返り、世のため人のためになる行動をしたいと思います。

原 典(安政二年 甥・玉木彦介に宛てた文)
約して三端と為す。曰く「志を立てて以て万事の源と為す。
交を択びて以て仁義の行を輔く。書を読みて以て聖賢の訓を稽ふ」と
簡 約
大切なことは次の三つの出発点に集約される。
「志を立てなさい、良い友と交わりなさい、書を読んで学びなさい」ということだ

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