言霊〜Supiritual Words

2006年12月の言葉

トップに立つ人間にとってもっとも大事なこと、それは「勘」だ。――俺の空(本宮ひろ志)より

ずいぶん前に読んだ古いマンガの一シーンからの引用です。このセリフはさらにこう続きます。

「砂漠の真っ只中にひとり立たされた時、右へいこうが左へいこうがすべて自由だ。どこへでもいくことが出来る。どっちの方向にオアシスがあるか、どっちへいけば命が助かるか、水のありかをかぎだす勘さ!」

くだらないと笑われるかもしれませんが、この言葉の持つ説得力は今でも私の心に残っています。どっちに進むかを導く(lead)のがリーダー(leadaer)です。方向を決める人間の責任は重く、間違うことは許されません。勘などという目に見えないものに頼るのはあまりにいいかげんな話のようですが、リーダーには直感が大事だというのは間違いないことだと思います。誰にも先の見えない世界だからこそ、先を見通す目と直感を研ぎ澄ませなければなりません。こうした有形無形のリーダーシップを追求していきたいと、日々心がけています。

2006年11月の言葉

忙しい忙しいと言うな! 忙しいとは能力が無い者のセリフだ(森田修学館 館長 森田譲康)

「第二回 鬼木まことを大きく育てる会」の冒頭挨拶にて紹介させていただいた私の恩師の言葉です。

議員に当選してからしばらくの間、私は猛烈な忙しさに日々追われていました。二言目には「忙しい」ということを言い訳にしている自分がいました。

そんなときに戒められたのがこの言葉です。この言葉はさらにこう続きます。『いつも忙しいと言っていると、「あいつは仕事がさばけない奴だ」と思われてしまう。また、「そんなに忙しいのならもうあいつは誘わないでおこう」と人が離れていってしまう。いつも忙しぶっている人を見てみろ。そんな人に限ってたいして忙しくないものだ。忙しいのは自分だけではない。誰だって忙しいのだ。自分ばかりが忙しいような顔をするんじゃない』

そうです、誰だって忙しいんです。そんな中で時間を上手にやりくりしているんです。苦しい状況でも涼しい顔で乗り越えてみせてこそ、一流の人物なのです。

2006年10月の言葉

点滴、石を穿つ(てんてき、いしをうがつ)―――ことわざ

ポトリポトリと一滴づつ落ちるわずかなしずくでも、長い間同じ所に落ち続ければ硬い石にも穴をあけてしまうという意味。どんな小さな力でも辛抱強く努力すればいつかは必ず成功するというたとえ。

2002年の10月1日、平尾駅前からスタートした街頭演説が、今年で丸四年となりました。夏は汗をかき、冬は寒さにこごえながら、「おにきどんタイムズ」を配ってくれる妻や仲間達と共に、街頭に立ち続けました。議員となってからは本業の議会活動に専念するため頻度を落としましたが、議会と議会の間に発行する「おにきどんタイムズ」は、早や17号となりました。今でも街行く人々の反応は、時に冷たく、厳しさにくじけそうなこともありますが、地道な活動はきっと誰かが見ていてくれると信じて頑張っています。

2006年9月の言葉

勝った者が正しいのではない!正しい者が勝つ社会でなければならない!(松山千春さん)

歌手の松山千春さんが講演するのを聞く機会がありました。現在の社会風潮に対する警句として熱く発されたのがこの言葉です。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」とはよく言ったものです。勝った者が歴史を作り、自らの正当性を主張します。負けた者にはそれに異を唱える権利など残されていません。結果、勝った者のみが正義ということになってしまいます。それは「力=正義」という結論をまねきます。

人の世において「勝てば官軍」というのはひとつの真理でしょう。しかし「勝った者が正しいのではない」というのもまた真理だと思います。

正義というものは、力とは別の次元で語られるべきものだと思います。力のある人が勝つのではなく、正義を貫く人が勝つ社会にしたいものです。そのときに問われるのが私たちの良識です。力のある人に群がるのではなく、正義を貫く人を支えなければなりません。

正義とは、放っておいて自然と与えられるものではなく、幾多の苦難の道のりの上に実現されるものなのです。

2006年8月の言葉

雪と欲は、積もるほど道忘れる(東北地方のことわざ)

新聞のコラムの中で見かけたことばです。混乱と貧困の時代を生き抜いた、明治生まれのおばあちゃんの言葉として紹介されました。先人の言葉は含蓄深いものです。生活の中で身につけた知恵にはかないません。

お金が万能だという拝金主義の風潮は、最近に始まった話ではありません。いつの時代にも経済のあるところには格差があり、豊かさを貪る人間の姿がありました。多くの事件を見るたびに感じるのは「人間の冷静な判断を狂わせるのは欲である」ということです。負ける人のほうが多いからギャンブル産業の経営が成り立っているにもかかわらず、勝つことばかりを考えてギャンブルで生活を破綻させる人が絶えないのはわかりやすい例です。

欲というものは誰の胸の内にも潜んでいます。道を誤らないためには、自分の欲得を排する強い意志と冷静な判断が必要です。特に政治家は、公共の仕事と自分の利益を混同させてはいけません。欲をかいてはいないか、道を忘れてはいないか、常に自戒したいと思います。

2006年7月の言葉

断じて行えば 鬼神もこれを避く(史記)

断固として決行すれば、鬼神でさえもその激しい勢いに押されて道を避けるという意から、ためらわずに行えば成し遂げられないことはないということ。

政治家は、選挙という名の人気投票に勝ち抜かなければ仕事をすることができません。それゆえに、中身のないパフォーマンスに走ったり、世論に迎合したり、聞こえのいい言葉だけを並べる政治家も少なくありません。

パフォーマンス的公約が世の中を悪くすることもあります。激昂した世論が必ずしも正しいとも限りません。政治家は世をリードするリーダーであるべきです。人の意見にぶら下がるのはリーダーではありません。政治家は己の信念に基づいて、「私はこう思う!」と、恐れず堂々と持論を主張すべきです。それに共感する人々の支持によってリーダーが選ばれるというのが、民主主義のあるべき姿だと思います。

逆に、「物言えば 唇寒し 秋の風(芭蕉)」という言葉もあります。

明確な主張は角が立ちやすいものですし、言ったばかりに損をすることもあるでしょう(損するばかりと言っても過言ではありません)。しかしながら健全な議論を恐れていては、物事がいっこうに前に進んでいきません。断じて行えば鬼神もこれを避く! そう信じて、前に前に進んで行きたいと思います。

2006年6月の言葉

背私向公(聖徳太子)

政治家という職業が国民の信頼を失ってから、もうどれくらいの歳月が経つでしょうか。政治が果たすべき役割の大切さにもかかわらず、国民と政治との距離は遠ざかるばかりだと感じます。

聖徳太子は十七条の憲法でこう言いました。
「私に背き公に向かう、これ臣の道なり」

公人に一切のプライバシーを許さないという意味ではなく、「私の利益に背くことがあっても、公の利益を優先する、これが公職にある者のあるべき姿である」ということです。

日本にはこんなに古くから「公」の精神があったのです。公のために私を捨てるのが政治家であり、私のために公をむさぼるのは政治屋です。

豊かになったこの国から公共心が失われつつあります。国民にとっても政治家にとっても今必要なものは、自分の目先の利害得失ではなく、広くみんなの共通利益、そして将来の世代のためを思った行動なのです。

2006年5月の言葉

ロックンロールってなぁ、先に一歩突き抜けたヤツの勝ちなんだよ!(ミッキーカーチス)

私が高校生のころ、「イカす!バンド天国(通称:イカ天)」というテレビ番組が一世を風靡していました。その番組の中で、アマチュアバンドを審査していたミッキーカーチス氏が言い放ったのがこの言葉です。「先に一歩突き抜けたヤツの勝ち」という表現がカッコ良く、私にとって衝撃でした。

どの世界でも、他の人が主張しないことを先陣切って主張するのは勇気がいることです。その主張は突飛だ、異端だ、売名だと非難中傷を浴びます。しかしながらその口火を切る人がいなければ、膠着した状況は前に進みません。勇気を持って一歩突き抜ける存在でありたいものです。

ただしその主張は、目立ちたいがためのパフォーマンスであってはなりません。中身のある政策、信念に基づく主張、言わずにはいられない正義でなければなりません。次代を切り開く、新しい価値の創造に挑戦したいと思っています。

2006年4月の言葉

小さきは小さきままに、折れたるは折れたるままに、コスモスの花咲く
(しいのみ学園理事長 昇地三郎)

明治39年に生まれ今年100歳になる昇地三郎先生は、全国初の養護施設「しいのみ学園」を作った人物です。私は一度しかお会いしたことがないのですが、その明るさ・温かさとバイタリティーに圧倒されました。シンプルなこの言葉に中に、「生命とははかないものであり、それゆえに美しく尊いものである」ということが表現されています。大きな壁にぶつかり自分の弱さ小ささを思うとき、この言葉を思い出します。

「自分だって野に咲くコスモスのひとつ。思うようにいかないことなんていくらでもある。たとえ小さな力でも、自分のできることを一生懸命やり続けるんだ」

地道な活動には陽は当たらないものですが、私は私なりのコスモスの花を咲かせたいと思います。小さくても美しいと思ってくれる人が一人でもいれば、頑張って良かったなあと思えることでしょう。

2006年3月の言葉

今日なすべきことに全力を尽くせ。しからば明日は一段の進歩あらん。(ニュートン)

文字通り、「今日しなければならないことは明日に積み残さずに今日やりましょう。」と解釈することもできますが、私は最近別の解釈でこの言葉を噛みしめています。

私は政治への志を押し殺して、7年間銀行員として生活してきました。その間は休日を利用して選挙の応援に行ったほかは、一切の政治活動をしませんでした。銀行員としての本分に全力を尽くし、社会人としての信頼を得ることを心がけてきました。

一見遠回りのようでしたが、結果としてその行動は正しかったと思います。『先を急がず、今自分が置かれた立場の中で全力を尽くすこと』が大切です。今日なしたことの積み重ねが明日を創るのです。

2006年2月の言葉

ちょっとの勇気があれば、人生が楽しくなるね。(鬼木美智子)

たくさんの趣味を持って楽しく過ごしている伯父のことを話しているときに、伯母が会話の中でふと漏らした言葉です。感受性の強い私の妻は、それを聞いてグッときたそうです。

やりたいことや強く願っていることが、誰にも多かれ少なかれあることでしょう。しかし現実の生活がある中でそれを形にしていくには多くの困難が伴うものです。理想を現実に変えていく第一歩、それを踏み出す勇気が時として必要です。妻は自分を奮い立たせるときにはいつも、魔法のおまじないのように「ちょっとの勇気、ちょっとの勇気」とつぶやいているようです。

人生を楽しくするのもつまらなくするのも自分の行動次第です。目の前の困難を乗り越えようとする「ちょっとの勇気」。あなたも一歩踏み出してみませんか?

2006年1月の言葉

天下為公(天下をもって公と為す)――孫文

昨年の中国公式訪問の際、南京の国民政府総統府を訪れました。そこで目にした言葉が孫文直筆の「天下為公」でした。いい言葉だと感じた私は木製のレプリカを買って帰りました。いろいろな読み方や解釈がありますが、私は「天下は権力者の私物ではなく、公(そこに暮らす全ての人々)の為のものである」という意味にとっています。

今まさに日本に必要な観念が、この言葉に凝縮されてはいないでしょうか。人を犠牲にしても我欲で利潤を貪る民間企業、既得権益を守り保身を第一とする官僚、力の強い企業・団体とつながって身動きのとれない政治家……。昨年はそういったことを象徴する嫌な事件をたくさん見てきました。この国に公という精神は残っているのでしょうか?

人間は社会的動物です。自分だけが良ければ全て良いということには絶対なり得ません。公とは社会全体の利益です。社会全体が良くなることが自分の利益にもつながりますし、逆もまた然りです。社会全体を良くするために、行政がやるべきこと、民間がやるべきこと、私達ひとりひとりがやるべきことを整理し追求しようというのが私の今年のテーマです。

自由と豊かさだけを求めエゴイストになってしまった日本に、公の精神を取り戻したい」不肖未熟の身で僭越ながら、年頭にあたり今年の活動指針とさせていただきたいと思います。

2005年12月の言葉

「何々になろう」とする者は多いが、「何々をしよう」とする者は少ない
(物理学者・長岡半太郎)

日本の高名な物理学者であり、大阪大学初代学長を務めた長岡半太郎の言葉。「何々になる」という目標は空疎な意味しか持ちません。それになれた時点で目標が達成されてしまい、もっと大切な「何をするのか」というところに辿り着かないからです。

杉村泰蔵氏がマスコミに現れて以来、目に見えて「政治家になりたい!」という若者が増えてきました。それは喜ばしいことでもあるのですが、その先の「何をしたい!」というものが希薄なケースが多々あります。何をするために政治家になるのか? 政治家はスターでもなければ権力者でもありません。本当に世の中のために生きようと思うのなら、そこから先は荊の道のりです。その覚悟もなく簡単に「政治家になりたい」と言ってほしくない、というのが私の本音です。政治家になりたいだけの、そしてその座にしがみつくだけの政治家なんていらないですよね。

2005年11月の言葉

起きて半畳、寝て一畳(ことわざ)

たとえどんな大きな家に住んでいようと人ひとりが占める場所は起きているときは半畳、寝ているときは一畳あれば済む。広大な家に住む金持ちをうらやんでむやみにあくせくしてもつまらないということ。

私は、虚飾にまみれて派手な暮らしをする人が格好いいとは思いません。質素でも一生懸命生きていることが伝わってくる人のほうが美しいと感じます。足るを知り多くを望まず、シンプルな生活を心がけたいものです。(※ちなみに先日訪れた神戸の「人と防災未来センター」によると、国連の定める人間の最低居住空間は約二畳だそうです。)

2005年10月の言葉

政治は遊びや道楽やなかとじぇ! 命を賭けてやるもんじぇ!(福岡県議会議員 三船祐規)

九州大学在籍時、将来政治家になりたいと思っていた私は、太田誠一代議士のもとで政治の勉強をさせてもらっていました。

そんなある日、当時太田代議士の秘書であった三船さんが、糟屋郡の県議会議員に立候補することになりました。秘書出身で大きな選挙資金もなかった三船さん、学生ながらも選挙で大きくお金がかかるのは人件費だと気付いた私は、無償で専属運転手役を買って出ました。そして三船さんも私を一人前にしてやろうと親身の指導をしてくださいました。選挙戦の忙しい中、車中で私に語りかけたのがこの言葉です。

政治は遊びや道楽でやれるほど簡単なものではない! 命を賭けてやるだけの覚悟と責任が必要なものなのだ! ということを教えてくれました。私も会社を辞めて立候補するときには相当な覚悟で臨みました。いまでもこの世界のシビアさや責任の重さをひしひしと感じる日々です。

2005年9月の言葉

熱意こそ人を動かす(西日本銀行ラグビー部元監督 案浦誠一さん)

最近テレビで、小泉首相が総裁選に出馬したときの古いVTRを見ました。不利であることが明確な状況下で、支持してくれる仲間達に囲まれ激励を受けたときに、あの小泉さんが涙してこう言いました。「人間を動かすのは計算ではないね。」これを見て思い出した私の大切な言葉が「熱意こそ人を動かす」です。

銀行のラグビー部で過ごした日々は、私にとってかけがえのない楽しい時間でした。厳しい経済情勢の中、営業社員としてノルマに追われながらも、仕事もスポーツもきっちりやり遂げる。そんな「文武両道」が創部当初からのラグビー部のモットーでした。ときに行き詰まる部員を励ました監督の檄が、この言葉です。上司との軋轢、顧客との交渉……逃げ出すのではなく正面からぶつかるのだ! 熱意こそ人を動かすのだから。そう教えてくれました。

2005年8月の言葉

公私の別を明らかに!(西日本銀行 心得10唱)

私が7年間勤務した西日本銀行で、朝礼時にみんなで唱和していた行訓の一つです。

人様の大切な財産をお預かりする銀行員は、ときとして大金に触れます。しかしながらそれは決して自分のモノではなく、1円たりとも身に付けることは許されません。ごくごく当たり前のことですが、この基本が徹底されることが大切です。

この世の中、自分のお金と人のお金の区別がつかなくなった人がどれほど多いことか! 無駄遣いも人の金、ばらまくのも人の金、着服するのも人の金、様々な事件を見るにつけ、この言葉を思い出します。特に公職にある者は、常に心して「公私の別」を明らかにせねばなりません。公的な地位や立場も、私的に利用してはいけません。公的な権限の強大さに触れるうちに、それを自分の権力と勘違いしまうんですね、人間は。議員になってからも、銀行員時代に身に着けた基本の大切さが身にしみます。

2005年7月の言葉

価値ある男になれ。価値とは何か? 人にできないことをなしてこそ価値である。(森田修学館館長・森田譲康)

中学生の時分から私が薫陶を受けている、森田塾の館長先生の言葉です。館長先生は教え子達に、勉強だけでなく、こうした独自の帝王学をたたき込んで来られました。

難しい問題に直面したとき、館長先生に「できません」という逃げの言葉は許されません。表現を少し前向きにして「できるだけ頑張ります」と言っても「できることは誰でもできるったい。誰でもできることは価値じゃなか。人のできんことばするけん、価値があるったい。」と怒られます。確かに、難しいとは思いつつも、諦めずに努力を重ねることで可能になることもあります。そうやって自分で作った限界の壁を越えていくことで、価値というものが生まれるのです。

決められた枠の中で前例や慣習に従うだけなら、それ以上の価値は生み出せません。厳しい指導ですが、私をより大きく育ててやりたいという気持ちに満ちた温かい叱咤です。

2005年6月の言葉

仁に当たりては 師にも譲らず(當仁不譲於師)――論語

私の出身中学である当仁中学校の校訓です。唐人町の「とうじん」の音に、教育的意味を持つ「当仁」の当て字をしたものだと思われます。人の道である仁を貫くためであれば、たとえ師が相手であっても譲るべきではない、という意味です。いろんなしがらみの中で正義がねじまげられがちな世の中ですが、本当に大事なものは譲る(譲歩する)わけにはいきません。

「ここで引いてしまっては自分が政治をやっている意味がない!」

ギリギリの局面で一歩も譲れない時があります。何かを貫くというのは、人とぶつかることを恐れない覚悟が必要です。自分が信じた道ならば、結果を恐れず堂々と歩きたいものです。

2005年5月の言葉

恩は石に刻み、恨みは水に流せ

先日、親友の結婚式に参加してきました。思い起こせば3年前、私が会社を退職し、たったひとりで選挙に挑もうとしていたときに、スタッフとして私を支えてくれたのが彼でした。その結婚式には私がお世話になった方々が多数いらっしゃいました。あらためていろいろな方の応援があって今の自分がいることに気付かされました。

人は、人から世話になったことは時とともに忘れがちです。また逆に、人から冷たくされたことはいつまでも忘れないものです。恩を忘れず、恨みは持たず、そんな生き方を実践していきたいものです。

2005年4月の言葉

世の人は 我を何とも云はばいへ 我が為すことは 我のみぞ知る――坂本龍馬

坂本龍馬はいまでこそ英雄ですが、その人生は奇想天外であり、当時の常識をはるかに逸脱していました。志や夢や理想が大きければ大きいほど、世の中からは理解されなかったことでしょう。豪放な人物として描かれがちですが、実際の龍馬は繊細な心配りのできるセンシティブな若者であったかもしれません。人と人、人と自分、との狭間で悩み苦しんだことも多かったことでしょう。しかし誰がなんと言おうと自分の信じた道を往く、という姿勢がこの一言に表れています。

私も、「人は賛成しないかもしれないが、こうすることがきっと世の中のためになる」という信念を価値基準として、世論におもねず我が道を往きたいと思います。政治家には世論に耳を傾ける誠実さと、自分の信念を貫く頑固さのバランスが必要だと思います。優しさと強さ、そして大局観を持って決断する知恵と力を併せ持ちたいものです。

2005年3月の言葉

人生は、Never Too Late!(遅すぎることはない)――デニー友利

プロ野球、元横浜ベイスターズのデニー友利投手が、37歳にしてボストンレッドソックスとマイナー契約を結んだ記者会見での言葉。遅すぎる挑戦に否定的な周囲やマスコミに対し、憤るでもなくムキになるでもなく、淡々と自分の信念を語る姿に「カッコイイ〜!」とシビレました。言い訳ばかりして口先ばかりで何も行動しない人が目に付く世の中で、自分の夢と可能性を信じて全力を尽くす生き方にエールを贈りたいと思います。頑張れデニー! 応援してるぞー!

苦労人・デニー友利投手の野球人生の詳細はこちらのサイトにて御覧ください。

2005年2月の言葉

三年先の稽古

受験シーズンが到来しました。親も子も大変な季節です。私はこの言葉を中学生の時に森田塾の先生から教わりました。相撲の世界に古くから伝わることわざだと聞いています。

「力士は、強くなりたい! 横綱になりたい! と思って日々稽古に打ち込む。だけど、一日稽古をしたからといって翌日すぐに勝てるほど、勝負の世界は甘くない。今日やった稽古、明日やった稽古の積み重ねが、やっと三年後に実を結ぶのだ。三年先に実を結ぶような地道な努力の積み重ねが、本当の力になるのだよ。受験勉強も同じだ。すぐには結果は出ないかもしれない。しかし、努力は君たちを裏切らない。今やっている努力が三年後報われると信じて、今を一生懸命頑張ろう!」

当時は受験勉強の話でしたが、今になってつくづく人生と同じだなあと実感しています。すぐには結果は出ないけど、努力は君を裏切らない! 大切なのは自分を信じて地道な努力を続けること! 私は今でも苦しい時には「三年先の稽古だ!」と歯を食いしばって踏ん張っています。

2005年1月の言葉

是を是とし、非を非とす。これを知と言う(荀子)

是々非々という言葉の語源となった言葉です。是々非々とは、よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断することです。では、荀子の言った「これを知という」とはどういうことでしょう?

現在の世の中ではまったく逆に見えてなりません。

世の中でうまく生きていくためには、「どう考えてもこうなんだけどな」と思いつつも言えなかったり、「明らかに違うんじゃないかな?」と思いつつも従ったり、長い物に巻かれることが知恵であるとされる場面が多々あります。また、組織の中での方針に意見することは、天に向かってツバを吐くようなもので、馬鹿な生き方だとされます。それをあえて「知」と言ったのは、「間違ったことを続けていればいつかは破綻がやってくる。正しいことを貫くことが、長い目で見れば結果としてプラスである」という大局観に基づくものだと思います。この大局観を持って、行動として貫くことができることを「知」と呼んだのだと思います。

この文の後には「是を非とし非を是とする、これを愚と言う」と続きます。良いこと悪いことをねじ曲げるのは愚かなことなのです。正しいことを正しいと言えない組織は非常に不健全であり、いつかは行き詰まります。昨年もたくさんの企業が、不祥事やその隠蔽発覚により窮地に追い込まれました。

この国の未来のために、今まさに「知」が必要な時代になっています。風通しの良い世の中、正しいことが正しく評価される世の中にしたいものです。

2004年12月の言葉

泣くよりも先にやることがあろうもん!
(田島小学校6年4組の同級生・中沢真紀子さんの言葉)

私がいた6年4組は、ラグビーを小学生向けにアレンジした「フットボール」という競技をクラスでやっていました。みんなこの競技が大好きで、赤組と白組に分かれて激しく火花を散らしていました。ある日のこと、私の白組は開幕から4連敗、どうしても勝てない悔しさに、皆、声をあげて号泣しました。その時です。ひとりの女の子が大声で叫びました。

「あんたたち、泣くよりも先にやることがあろうもん! 相手が強いとか体が大きいとか言わんで、練習して勝てばよかろうもん!」

その言葉に目が覚めました。「よしやろう!練習して次は絶対勝とう!」猛練習ののち迎えた第5戦、激戦の末、白組は初勝利をあげました。

「泣くよりも先にやるべきことがある」今でもこれが私の基本になっています。

2004年11月の言葉

泣いてパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない(ゲーテ)

つらい思いをしたことのない人には人の苦しみはわからない、また、苦境に立たされたことのない人には人の情けの有り難さはわからない、ということを巧みに表した言葉です。

政治家は人の苦しみがわからなくてはなりません。若いからという言い訳は通じません。苦しみ悲しみを知り、人の痛みがわかる人間でありたいものです。 「泣いてパンを食べた」経験というのは、かけがえのない貴重なものです。その時の悔しさ、つらさはいつまでも忘れず、自分の傲慢さを戒めたいと思います。

2004年10月の言葉

人事を尽くして天命を待つ

人ができるだけのことをして、結果はただ天に任せる、という意味。事の成否はともかくとして、とにかく全力を尽くすということを言った言葉。

私流の解釈としては「やるべきことをしっかりやっていれば、結果は後からついてくる。結果を気にするよりも、やるべきことをしっかりやっておくことが大切である」日々やるべきことをやり遂げる積み上げが、自信となり力となる。自分を信じることができれば、全力を出し切ることができれば……

結果はどちらでもいいじゃないか! それがおそらく天命なのだから。

2004年9月の言葉

命がある限り忘れてはいけない、
今しか僕にしかできないことがある(甲本ヒロト)

パンクロックバンドであるザ・ブルーハーツの曲の中の一節です。

私が中学生の頃から聴きはじめたのですが、シンプルな表現の中に込められたメッセージは、心にガツンと響きます。人は何のために生まれ、そして生きているのか?自分の価値とは何か?かけがえのない今この瞬間、自分は何をなすべきなのか?この曲を聴くたび、自分が今という時を全力で生きているか自問します。二度と戻らない時間を大切に、精一杯生きたいものです。

2004年8月の言葉

弱いのは恥ではない。その弱さに徹しえないのが恥だ。(島崎藤村)

2003年4月の統一地方選挙。資金もなく組織もなく無謀と言われた闘いに挑む私に、一通のメールが来ました。

「自分はまだ学生で、先輩のためにはこんなことしかできないけど……」

ラグビー部の後輩が、私へのエールとして贈ってくれた言葉です。人はそれぞれに自分のおかれた状況や実力というものがあります。それらを悲観したり繕ったりするのではなく、自分の持てる限りの力で全力で挑むことに価値があるのだと思います。自分の弱さを認めながら、努力や工夫で乗り越えて成長していくのです。いまでも苦しい時には思い出す、たいせつな言葉です。


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