
次の県議会開会は例年であれば6月なのですが、今年は5月に前倒しとなります(5月26日〜6月11日)。6月の「ブラジル日本移民100周年」記念式典等に参加するためです。現在のところ未確定なのですが、5月議会では私が自民党に入って初めての代表質問をすることになるかもしれません。
今年は「ブラジル日本移民100周年」にあたるため、知事・議会ともに6月にブラジルを公式訪問します(6月13日〜26日)。経済発展著しいBRICSの一国でもあるブラジル、日本から言えばちょうど地球の裏側にあたる距離でもありめったに行く機会もないと思い、私も参加することにしました。
5月はGWの各種行事に始まり、連日各種団体の総会が続きます。議会活動としては、地方分権特別委員会の開催、警察常任委員会の管内視察(浮羽・朝倉・久留米)、5月議会の準備、など慌しく過ぎていきます。

日本に昔から伝わっている慣用表現にはさまざまな良い言葉があります。ケニアのノーベル平和賞受賞者・ワンガリ=マータイさんによって世界的に有名になった「MOTTAINAI(もったいない)」、日本青年会議所が力を入れている「OMOIYARI(思いやり)」などです。私が次に日本の心を世界に紹介するならば……この言葉なんてどうでしょう?
古来、農耕民族として自然と共に生きてきた日本人には、自然を畏れ敬う気持ちや、いいときもあれば悪いときもあるという無常観、家族や地域といった共同体の絆を大切にする心などが育まれてきました。そうしたメンタリティから生まれた発想が「お互いさま」です。困った人がいればゆとりのある人が助けてあげる、そこには何の理屈も打算もありません。自然な気持ちの中で生まれ、自然に実践される相互扶助の心です。
今の日本にお互いさまの心がどれだけ残っているでしょうか? 自分の権利を主張することばかりに心を奪われていないでしょうか? 社会の中で自分が生かされていることに感謝し、社会の一員として善く生きることが大事だと私は思います。それは決して大きな話ではなく、身近なところから始められることだと思います。身近な仲間が困っていれば、自分のできることをしてあげる。話を聞いてあげるだけでもいい、励ましてあげるだけでもいい、駆けつけてあげるだけでもいい。自分にできることをするのが、最大にして最高の、社会を善くする方法です。
時間も労力も費用もかかって、うまくいかなければ逆恨みされることだってあるのですから、人助けは割に合わないことも多いものです。「自分もそんなに楽じゃない状況で、なんでそんなに人にしてあげられるの?」そう聞かれたとき、笑顔でこう答えられたらと思います。
「僕も今までずいぶん人から助けられてきたけんね。困ったときはお互いさまたい。」