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おにき誠ブログ

馳浩石川県知事のご来省

4月8日

1月1日に発災した #能登半島地震 関連の要望で、#馳浩石川県知事 が防衛省を訪問されました。

わずか40人の隊員が1,000人の被災者を救った #輪島分屯基地 に対し感謝を述べられると共に、同基地人員の増強を要望されました。また奥能登事務所に災害対応スペシャリストとして自衛隊OBを送って欲しいと要望いただきました。

要望の後には様々な感謝の言葉をいただきました。北陸新幹線の開業で #ブルーインパルス が飛んだことは、多くの被災者を励ましたと喜ばれました。また #松任谷由美さん が北陸新幹線 小松駅と加賀温泉駅 の発車メロディを作曲され、小松駅のメロディは小松の航空ショーをイメージしたマーチ調の曲で、これも被災地の皆さんを勇気づけていると喜ばれました。

国民を守るために働き 国民から感謝されることは、自衛隊冥利に尽きます。「その感謝の言葉は現場の自衛官に届けます!」と応えました。

週刊おにき誠(4月13日発行)

今週の『週刊おにき誠』では、「沖縄訪問②新部隊に隊旗授与」「日経新聞 交遊抄」「南極観測船しらせ帰国行事」に掲載についてまとめております。

南極観測船しらせ 帰国行事

4月8日

#第65次南極地域観測協力 に派遣されていた #砕氷艦しらせ が日本に帰って来ました!

観測隊である #越冬隊 を乗せ、灼熱の赤道を超え、波高9mの暴風圏を乗り越えて、 #南極大陸 まで辿り着きました。往復約35,000kmにおよぶ過酷な航海を任されているのが #海上自衛隊 です。(しらせ艦長 齋藤一城 1等海佐)

南極では、地球温暖化の影響もあってか氷が薄くなっており、#雪上車 を走らせるのも危機と紙一重です。氷が破れて海に落ちれば生きては帰れません。まさに薄氷を踏むとはこのことです。

南極を研究することで、地球や宇宙の歴史や、地球環境の変化など様々なことを知ることができます。この貴重な活動を終えて無事帰国した隊員を労い、帰国の間にはご家族との時間を大切にゆっくり過ごして英気を養ってほしい旨、訓示しました。

日経新聞 交遊抄に掲載

4月2日

日本経済新聞の名物コラム「交遊抄」より執筆依頼があり、拙文を掲載していただきました

(2024年4月2日 日本経済新聞 朝刊 40面)

銀行員時代から読んでいた(私の履歴書などが載っている)あの面に執筆することになるとは!と感慨深いです。

「どん」の風格 鬼木誠

少年期に政治を志した。大学時に地元議員の事務所で勉強させてもらい、政治に接点を持つことができた。その感謝の思いも胸に、現在インターン生を受け入れている。

永山由高君との出会いはいまから20年前に遡る。当時、福岡県議だった私のもとに初のインターン生としてやって来た。九州大2年生の永山くんは19歳、県議初当選の私は31歳だった。

「もしわが家に男の子が産まれたら呑(どん)と名づける。どんは鹿児島弁の敬称で、西郷どんのどん。清濁併せ呑む器量の大きな人物に育つように」。私の放言に「3年間事務所に通った中で一番勉強になりました」と返す感受性の持ち主だった。

大学卒業後、日本政策投資銀行に勤めた永山君は3年ほどで銀行を退職し、鹿児島に帰ってまちづくりのNPOを立ち上げた。「食っていけるのか?」。心配をよそにNPOを軌道に乗せ、結婚して男の子を授かった。「呑と名付けていいですか?」。連絡が来た時にはたまげた。

彼はその後、鹿児島県日置市で市長になった。先日初めて東京で呑んだ。中学時代は陸上で九州チャンピオンになるほどのアスリートだった。いまでは西郷どんのような風格を備えつつある姿にまた、たまげた。(おにき・まこと=防衛副大臣)

沖縄訪問②新部隊に隊旗授与

3月30日

沖縄県うるま市勝連(かつれん)に新たなミサイル部隊が配備され、その新編行事に参加しました。

その部隊の名は #第7地対艦ミサイル連隊 。勝連分屯地を本部とし、奄美大島、宮古島、石垣島にミサイル中隊を配しています。この4箇所の地対艦ミサイル部隊が睨みを効かせることによって、海からの侵略行為を抑止します。本州がすっぽり入る南西諸島の海域1,200kmを守る重要部隊です。

新編行事では副大臣として訓示を述べ、初代連隊長となる #井藤庸平一等陸佐 に隊旗を授与しました。

「基地があると攻撃目標になる!」という反対論もありますが、基地がなければ侵略行為を抑止できないという現実があるわけです。防衛目的のものを攻撃してくるようであればなおさら、国民を守るための防衛は強化が必要だと言えるでしょう。