- 福岡県議会議員 鬼木 誠(おにき まこと)
- 平成15年(2003年)の福岡県議会議員選挙において、福岡市中央区選挙区から立候補。政党無所属で資金も組織もないという「無謀な挑戦」であったが、閉塞した政治状況を変えていきたいという県民の皆さんの大きな支持を得て初当選。
- 常任委員会
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- 警察委員会:委員長(平成23年度〜)
- 文教委員会:副委員長(平成21〜22年度)
- 警察委員会:副委員長(平成19〜20年度)
- 厚生環境委員会(平成17〜18年度)医療・福祉といった厚生分野、産業廃棄物・地球温暖化といった環境問題を専門分野として活動。
- 商工生活労働委員会(平成15〜16年度)銀行員時代の経験を活かし経済分野を専門として活動。
- 調査特別委員会
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- 少子・高齢化社会対策調査特別委員会(平成23年度〜)
- 空港対策調査特別委員会(平成21〜22年度)
- 地方分権推進対策調査特別委員会(平成19〜20年度)
- 景気雇用対策委員会(平成15〜18年度。任期前半二年間は副委員長を拝命、後半は委員として留任)ほか、スポーツ議員連盟の幹事を務める。
- 所属会派について
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- 自民党県議団所属(平成19年度〜)
- 自民党福岡県連・青年局長(平成21〜22年度)
- 政策審議会(事務局長)を務める(平成19〜20年度)
- 緑友会・新風(平成15年〜平成18年度)
- 自民党県議団所属(平成19年度〜)
政策の前に私達が政治家に求めるものは、「正しい政治姿勢」ではないでしょうか?「この人にこの街の未来を託してみよう!」そう思える政治家がいることは幸せなことです。逆に、未来を託したいと思える政治家がいないことはたいへん不幸なことです。
あなたの住む街はどうですか? 中央区にはおにき誠がいます!
- 利権政治の打破=誰かが儲かる政治でなく、広くみんなのためになる公正な政治を!
- 民意の反映=多くの方々の声に耳を傾け、みんなの思いを反映する政治を!
- 信念による決断=賛否が分かれる論点にも、信念に基づいた決断と行動を!
- 未来への責任=やりっ放しの無責任政治から脱却し、福岡の将来に責任を持てる政治を!
- 不正との闘い=正直者が馬鹿を見るような社会ではいけない。曲がったことを許さない政治を!
- 性 格
- 優しく明るくおおらかで、人の意見をよく聞くことのできる素直さを持つ。正義感が強く、理不尽なことには決して屈さない意志の強さを持っている。
- 趣 味
- 高校時代からいままで続けているラグビー(いまだ現役プレイヤー)西日本銀行ラグビー部では福岡県代表として九州大会に出場。
- 酒 量
- ビールをコップ1杯で真っ赤、2杯で酔っ払い、3杯で寝てしまう弱さ。平成十八年六月現在、断酒中。しかし人が集う場所は大好きで、人を笑わせたり、熱く語ったりする。
- 尊敬する人物
- インド独立の父・マハトマ=ガンジー。どんな困難に対しても己の信念を貫いた。その基本理念は、非暴力・不服従。
- 家 族
- 妻・悦子と福浜団地に住む。実家は中央区大濠にあり、父・母・弟が在住。
- どうして政治をしようと思ったの?
- 政治をするんだ、という思いは小学生の頃からありました。「誰もが戦争は嫌なはずなのに、どうして世界が平和にならないんだろう?」と、当時11歳だった僕は子供なりに考えました。「政治をする人が正しくなければ、戦争はいつまでもなくならない。僕にはいったいどんなことが できるのだろう? そうだ! 僕が政治家になって、世界を平和にしよう!」単純ですがこれが僕が政治を志すことになった動機です。そしてその気持ちのまま大人になりました。 コイツなに言ってんだ! という人もたくさんいるでしょうが、夢は世界平和です。果てしなく遠い道のりですが究極の目標です。
- なんで銀行に入ったの?
- 学生時代は政治の勉強のために選挙事務所に出入りしていました。卒業後は代議士秘書か松下政経塾へ行こうと考えていたところ、尊敬している政治の道の先輩から「一度社会に出るべきだ!自分で働いて、給料もらって、税金払って、家族を養って、普通の暮らしを実感しなければ、政治家になったって人の役にたてない」というアドバイスをいただきました。そのとおりだと感じた僕は地元で就職することに決めました。
- せっかく入った銀行を、なぜやめようと決意したの?
- 政治にしか興味のなかった僕は、銀行に入って初めていきた経済というものに触れました。 不況にあえぐ中小企業者や、リストラに苦しむサラリーマン、まさに地域経済の現状を肌身に感じました。問題意識は膨らむ一方でした。社会に存在する数々の問題を根本から解決するには、やはり政治から変えるしかない! 政治が迷走している今だからこそ、志ある人がやるべきだ! 今やらずにいつやるんだ! 勇気を出せ! 決意は日を追うごとに強くなっていきました。
- ゼロからの挑戦
- 決意はしたものの金もない、組織もない、今までの常識から言えば、やれるわけがない。会社を辞めるには反対もありました。相当な勇気が必要でした。それでも私をここまで歩かせてくれたのは『必ずやれる。君ならできる。君のような人が必要なんだ!』と、応援してくれた人たちの声でした。
- 信じる力!
- 「熱意こそ人を動かす」この言葉を胸にゼロからのスタートです。 僕の胸の奥の炎が、皆さんの心に大きく燃え広がるのを信じて。やれるわけがない、変えられるわけがない、なんて諦めないでください。 既存のものにとらわれず、まったく新しいやり方で、 新しい時代をつくっていきましょう! 大切なのは「信じる力」。一緒に変えましょう!僕と!
平成十四年三月 鬼木 誠 (おにき まこと)
| 昭和47(1972)年 | 10月 | 福岡市に生まれる |
| 昭和60(1985)年 | 3月 | 福岡市立 田島小学校(城南区)卒業 政治家になって世界を平和にしようと心に誓う |
| 昭和63(1988)年 | 3月 | 福岡市立 当仁中学校(中央区)卒業 生徒会長として学生帽の廃止、自転車通学の解禁に取り組む |
| 平成3(1991)年 | 3月 | 私立 ラ・サール学園高校(鹿児島)卒業 小さな体でありながら、持ち前の負けん気でラグビーに打ち込む |
| 平成7(1995)年 | 3月 | 国立 九州大学 法学部法律学科を卒業 福岡市の日韓友好親善訪問団に参加。以来10年にわたる草の根交流が続く |
| 平成7(1995)年 | 4月 | 西日本銀行入社 渡辺通支店に配属 |
| 平成9(1997)年 | 11月 | 入社時の先輩指導員であった女性(現在の妻・悦子)と結婚 |
| 平成12(2000)年 | 12月 | 大名支店へ転勤 |
| 平成14(2002)年 | 3月 | 西日本銀行を退職。政治の道へ 7年間の会社員生活を通じ、組織や社会について学ぶ。地域経済の最前線でお客様と接し、政治・経済への問題意識が高まる。「このままではいけない、動き出さなくては!」の一心で退社を決意 |
| 平成15(2003)年 | 4月 | 福岡県議会議員選挙に初当選 |
| 平成19(2007)年 | 4月 | 福岡県議会議員選挙にて再選を果たす |
| 平成23(2011)年 | 4月 | 福岡県議会議員選挙にて三選を果たす |
