受益と負担について考える
「受益と負担」とは?
タイトルにある「受益と負担」とはどういう意味でしょう? 「受益」というのは利益を受けることです。「負担」とは、コストを負担することです。行政サービスにおいて、その恩恵を受ける(受益者)のは国民ですが、そのコストを負担している(負担者)のもまた国民です。国民の行政に対する要求は、時代とともに高まってきています。しかしその一方、国の借金は増大し、財政は逼迫している現状があります。高まる要求の全てを満たすことは不可能になってきています。「行政にかかるコストを負担するのは国民なんですよ」という認識を高めてもらったうえで、「限られた財源で、行政が何をどこまでやるべきなのか?」という議論を深めていきたいと思います。
行政のコスト、たとえば……
私達が当然のように利用しタダだと思っている行政サービスにも、多大なコストがかかっています。例えば、福岡市の家庭ゴミの処理には、年間1世帯あたり3万5千円の行政コストがかかっているのです。「受益者にも利用した分の負担をしてもらおう」という考え方が、あらゆる分野で進んでいます。福岡市は2005年秋より、ゴミ袋を有料化する方針を打ち出しました。ゴミを出す人がゴミ処理費用の一部を負担するという考え方です。それでも1世帯あたりの負担は4千5百円と言われています。受益者負担は1割ちょっとです。
福祉と環境はタダ?
今までの日本では「福祉も環境もタダ」という時代が続きました。確かに「福祉も環境もタダ」というのは理想に違いありませんが、実際には大きなコストが存在しているのです。それを実は誰が負担しているのかというと、ほかならぬ国民なのです。税金という形で負担してきた部分もあれば、借金という形で負担が次世代に先送りされてきた部分もあります。財政がここまで厳しくなってきた以上、国民にツケが回ってくるのは時間の問題です。今後さらに国民が高福祉を選択するのであれば、国民負担は当然大きくなります。高福祉を取るか? 低負担を取るか? あなたはどう考えますか?
これからの政治家のあり方
日本経済が右肩上がりの高度成長を続けてきた時代、自由主義経済と高福祉が両立されてきました。福祉分野のサービスは高まり、福祉には負担が伴うことは語られてきませんでした。政治家は「あれもやります!これもやります!」と唱え、国からお金を持ってきて全てを実現する政治家が力のある政治家であり、良い政治家でした。しかし国の借金は肥大化し、そのスタイルでは国が立ちゆかないところまで来てしまいました。これからの時代に必要なのは「あれはここまでやります!これはやれません!」と明確に真摯に勇気を持って言える政治家ではないでしょうか?もちろんそれには説明責任が伴いますし、税金の無駄遣いを徹底排除していることが当然の条件です。さんざん税金を無駄遣いしておいて、国民に負担なんて求められないですよね。
