福岡県議会議員 おにき誠 公式ウェブサイト

「雑記」に分類された日記

2004年03月03日

テレビに出ました

今日から各会派の代表質問が始まりました。自民党県議団につづいて私の会派の緑友会・新風も質問をしました。散会後は防衛議員連盟主催の自衛隊の講演がありました。東チモールでPKO活動にあたっていた大坪1等陸佐のお話でした。私は自衛隊の存在も国際貢献活動も否定していません。現アメリカ政権のやり方についていけないという考えです。夕方にはFBSテレビ「めんたいワイド」に出演しました。私が学生インターンを受け入れていることにFBSさんが興味を持ってくれて、研修の様子を取材してくれていました。その内容が今日録画放送で流れました。思ったより長く(10分くらい)、終了後には友人から「見たよー!」という電話がかかってきました。

2004年02月29日

かつての上司の還暦祝い

かつての上司の還暦祝いで、ゴルフ大会がありました。アウト79、イン81の160でブービー賞(私よりも下に一人いました!)でした。あいかわらずダメダメです。さて、ゴルフの表彰式兼還暦祝いの場で、この上司は、出向先の会社を退職することになったと皆に伝えました。何があったのかは会社内部の問題なので多くは語られませんでしたが、「今まで自分が正しいと思うことを信じてやってきた。それでいいのだと今も思っている。みんなもそんな人生を送ってほしい。」このメッセージは胸をうちました。「こんな人達から教えを受けて僕は成長してきたんだな。」と感じました。

2004年02月22日

通夜と侍

同じ団地に住む29歳の女性が亡くなりました。障害を抱え、入退院を繰り返していたとのことでしたが、多くの人々に愛され、懸命に生きたことが伝わってくる御通夜でした。また同日に、映画「ラストサムライ」を見ました。ラストシーン、天皇陛下の「勝元はいかに死んだか?」との問いに、オールグレン大尉は「彼がいかに生きたかについてお話しましょう。」と答えました。「いかに死ぬか」は大きなテーマですが、それ以上に大切で、かつ難しいのが「いかに生きるか」ではないでしょうか?「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは、葉隠の言葉ですが、武士は命を軽んじていた訳では決してなく、いつ死んでもいい覚悟で一瞬一瞬を真剣に生きていたのではないでしょうか?「今この瞬間を悔いなく生きる」人生これに尽きるのではないでしょうか。

2004年02月21日

今日のテーマは九大

ひさびさにラグビーの練習に行きました。西日本銀行のラグビー部はまだオフなのですが、九大のラグビーサークルが練習を開始しました。なかなか練習日程と私のスケジュールがあわず、ここ一年近く走ってなくて不安だったのですが、ガンガン走れたので「まだイケルかも?」なんて思いました。シャワーを浴びて、夕方から九大の民法ゼミの同窓会に行きました。この同窓会のために、遠くは熊本、広島、香川、京都からも卒業生が集まりました。このような縁と絆を造ってくれた五十川先生に、心から感謝します。懐かしい顔ぶれを前に、学生時代に私が作った「ゼミ歌」を熱唱しました。来年もみんなに会いに行きたいものです。

2004年02月14日

バレンタインデー

今日はバレンタインデー。僕はこの日が昔から嫌いです。自意識過剰なのでしょうか?毎年、淡い期待を抱きつつも実りのない一日を終えると、「こんな行事なくなればいいのに!」と思ったものです。義理チョコというのも嫌いです。そういう男性は世の中にかなり多いと思うんですが、どうなんでしょうか?唯一嫁さんからもらったチョコはありがたいものです(義理じゃないよね?)。さて今日は、後援会づくりのための話し合いをしました。当選後はやくも10ヶ月が経過しましたが、後援会のかたちがまだうまく作れていません。また、県政の報告や情報開示のための活動もまだまだです。それを心配してくれている支持者の方々と、これからの活動について話し合いました。

2004年02月11日

建国記念日に

今日は建国記念の日。国道沿いの私の事務所の前を、大音量の街宣車が何台も通り過ぎていきました。そんなことをよそに、おにき事務所はホームページのリニューアルの打ち合わせをしていました。私の活動を県民に知ってもらう最も安価で効果的な方法が、インターネットだと確信しています。まだまだ訪問者は多くなく、労力が報われているとは言えませんが、すべては小さな積み重ねです。一歩一歩、積み上げていきたいと思います。いつの日かきっとわかってもらえると信じて。

2004年02月08日

嫁さん、寝込む

東京から戻ってきてビックリ!嫁さんが風邪で寝込んでいました。どうもインフルエンザだったようで、私も嫁も家でマスクをはめて、うつらないようにしてました。結局3日間寝込んで、私は朝食のおにぎりとか夕食の吉牛(吉野家の牛丼。もうしばらく食べれなくなるかもしれないから、張り切って!)を買いに行きました。今日は嫁さんと、友人の出産祝いに行く予定だったのですが、嫁さんは泣く泣くお留守番でした。私達はまだ子どもがいないので、他人の子でさえかわいくてしかたありません。この子たちの未来のために、僕達は頑張っていかなければなりません!

2004年02月03日

年齢詐称?

このところTVや新聞は、衆議院議員・古賀潤一郎氏の学歴詐称問題で大騒ぎです。それも私の住んでいる福岡2区でのことなので、全国の友人から「福岡はどうなってんだ?」とか「鬼木が出馬しろよ!」というメールがぞくぞく来ます。さて、私が選挙中から掲示していた看板には、デッカク「30歳」と描いてあります。ところが私は昨年10月には31歳になったので、年齢詐称と言われないだろうか、という不安にかられます。「当選を目的として」「故意に」という訳ではないので法的には問題ないようですが、なるべく早く修正したいと思い、打ち合わせをしました。「30歳」を「31歳」に替える案(また10月には32歳に書き替える)、「30歳」を「30代」に替える案(あと8年は使える)などが出ました。

2004年02月02日

維新政党・新風

「次期参議院選挙で、新たに立ち上がる政党があるらしい」というウワサは耳にしていました。今日とうとう、その新勢力と遭遇しました。「私には資金も組織もない。そこで、鬼木さんの選挙を学ばせて欲しい」ということで、昼間に2時間ほど話をしました(といって私がその政党を支持するわけではありません)。4月の当選以来、選挙のやり方を聞きに来る人が増えました。誠実さとヤル気が感じられる方には、私も誠心誠意お話をしています。政治家になりたいだけの権力志向の輩、ただただビッグになりたいという上昇志向の輩には、厳しく接します。政治家になりたいのであれば、なって何をどうするのか、自分の言葉で語れなくてはならないと思います。他人には厳しい私ですが、わが身を振り返ると反省することもしきりです。

2004年02月01日

江口市議、結婚式

政援隊の仲間である、久留米市議会議員の江口よしあき君が結婚しました。政援隊は超党派の政策勉強会であり、基本的には選挙協力は前提としていません。が、昨年久留米では、延よしたか君が衆議院の補欠選挙に出馬、江口君が市議選に出馬、私は二人の応援にかけつけました。そのため今日の結婚式には顔なじみになった久留米の方もたくさんいらしており、楽しくすごせました。夕方からは唐人町の劇場に芝居を見に行きました。というのも、この芝居は私のラサール高校の同級生が主催する劇団なのです!彼が福岡で公演するという記事を新聞で偶然見つけて馳せ参じました。同級生というのも奇遇なら唐人町というのも奇遇です。東大を出た彼が、人生とは何かを真剣に考え、夢を追い続ける姿に感動しました。

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