雑記」に分類された日記

17日にラグビーをして一週間、そろそろ痛みが引いてくるはずの打ち身がなかなか治らない。

私が高校生の頃は、打ち身など怪我のうちに入らなかった。
「先輩、モモにヒザが入って痛いんですけど...」と訴えても「そんなの痛いだけだ。走りよけば自然に治る!」と一喝されてグラウンドに放り出されていた。
ラグビー部にとって怪我とは「治療しなければ後遺症が残るか否か」が基準であった。

あれから20年。「打ち身など怪我じゃない」という信念のもとほったらかしていた左ふくらはぎが、大変なことになってきた。
痛みが引くどころか、パンパンに張って内出血で紫色に腫れあがったのだ。

ここに至って初めて病院に行くこととなった。整形外科での診断結果は「左足ふくらはぎ肉離れ、肩鎖関節捻挫、全治一ヶ月」。立派な怪我であった。
歳とともに筋肉は固くなっているのに突然激しい運動をしたため、筋肉が断裂して内出血したのだ。

今回の試合は必死でディフェンスをした。名誉の負傷だと思いたい。
しかしこのような怪我をするほど筋力が弱ったことは反省したい。この怪我が治ったら、日々の運動を心がけたい。

朝9時、不動産会社の社長さんが事務所へ来られた。暴力団対策として、足を洗う組員の就職支援をすべきだという話。
10時、次期インターン生の面接。
12時、自民党福岡2区の昼食会。

14時、香椎のコカコーラさわやか運動公園にてラグビー。
ラサール高校ラグビー部で私の一つ上のK先輩が亡くなって今年で13回忌となる。先輩が所属したラサール高校ラグビー部と東北大学ラグビー部が集まり、福岡で追悼試合を行なった。

親睦ムードで怪我をしない程度の試合...のはずだったが、両チームのプライドがぶつかりあう激しい試合になった。
私もほとんどの時間をディフェンスに費やし、相手を追いかけタックルに入り芝生の上を転げ回った。
少しでもサボろうものならK先輩から笑われるような気がした。

試合後、リーセントホテルにて偲ぶ会が行われた。先輩が生前出演したテレビを見ながら、思い出話に花を咲かせた。
二次会では全国から集まった先輩後輩と飲みに行く。
試合で強打した肩や足が痛みだす。左足首は紫色の内出血、右肩は靭帯損傷...それでもラグビーはやめられない。喜びと痛みを分かち合う友がいるから。

明日は朝からみんなでK先輩の墓参り。これだけの友人に囲まれて、先輩もきっと喜んでくれていると思う。

NPO法人 福岡歴史研究会の近代史の講義を、通年で受講することにした。近代史の年間テーマは「玄洋社とその周辺」。講師は石瀧豊美先生。

ともすれば玄洋社と言えば右翼団体として怖いイメージで語られるが、その活動は自由民権、皇室崇敬、大アジア主義、と、理念ある政治団体であった。
黒田藩の武家にルーツを持ち、中野正剛、緒方竹虎といった郷土の大政治家を生んできた。
福岡で政治をするのならば、玄洋社については正しく学んでおく必要があるのだ。
多忙の中でも月一回の講義には時間を作ってしっかり学びたい。

今日はそのほか2校区の新年会に参加。

朝9時半から中国領事館へ。日中友好議員連盟の新宮顧問とともに郭首席領事を訪ねる。今月26日からの北京訪問について、さまざまな打ち合わせをするためだ。

応接室に通され待っていると、出て来られたのはなんと武樹民総領事だった。我々の北京訪問に対して、総領事は最大限の協力をしてくれるとのことであった。

打ち合わせがひと段落したところで、総領事の関心は日本の政治、それも福岡の自民党についてであった。吉村剛太郎参議院議員の非公認、そして自民党離党、また山崎拓前衆議院議員が谷垣総裁に対して離党をほのめかしているという話...。自民党県連会長でもある新宮顧問にいろいろと質問していた。やはり中国としても日本政治の行方は気になるところなのだろう。

「政権交代可能な政治体制」を国民は望んだのであり、下野した自民党は再び政権を担当しうる能力と気概を示すべき時であるのに、分裂(離党)や分派(新党結成)ばかりしようとしている。今バラバラになってどうするんだ! と、歯痒い思いだ。

小選挙区制度では過半数の支持が必要となることから、小政党は埋没し、政党は2大政党に収斂されることになる。どんなに苦しくても、自民党はバラバラになってしまってはいけない。民主党の社会主義的・左翼的政策に対峙する、保守主義政党としての地歩を固めるべき時である。

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