福岡県議会議員 おにき誠 公式ウェブサイト

「その他の活動」に分類された日記

2008年04月04日

第1回おにきどん杯 親睦ゴルフコンペ

おにきどん杯ゴルフコンペにて2年前の夏、台風直撃で中止となってしまった幻のゴルフコンペが、今日とうとう実現した。プロトーナメントでも有名な芥屋ゴルフ倶楽部にて、22組81名での大会となった。
最高の天気、最高のコース、最高のメンバーに恵まれたものの、最も心配していた私のスコアは最低…。前半89、後半78、トータル167というコースレコードもののスコアであった。ブービーを30打以上引き離し、もちろん参加者での最低スコア。主催者として敢闘賞の商品も辞退させていただいた(砂糖20kgとハム)。
全員に商品が渡せるだけの多くの協賛品をいただいたため、プレー後の表彰式では各順位ごとに商品をお渡しできた。和気藹々盛り上がり、私を囲む支持者間の親睦の輪を広げることができたのではないかと思う。

おにきどん杯ゴルフコンペ親睦会の様子年度初めのお忙しい時期に時間とお金をさいて参加していただいた方、参加できなかったものの心のこもった協賛をいただいた方、私のためになればと中央区在住の友人と連れ立って来てくれた方、この日のために有給をとってかけつけてくれた方、年金生活にもかかわらず協賛のお金を振り込んでくださった方、朝4時台に起き手伝いに来てくれたボランティアスタッフ、どなたも本当にありがたかった。
「この仕事をしてると(人の情けを感じて)泣けてくることが多いね。」と妻。「鬼木誠後援会はみなさんの善意で成り立っている」と、あらためて強く感じられた一日であった。
明日からはまた一生懸命政治に打ち込んで、人のお役に立てる仕事をしていきたい。

2008年02月06日

台北駐福岡経済文化弁事所との会食

台北駐福岡経済文化弁事所の周所長及びスタッフの皆さんと会食をした。「弁事所って何?」と思われる方が大多数だろうが、これは言ってみれば領事館みたいなもの。台湾は国連加盟の国ではないので、台北という地域の事務所といった名目で日本国内に5拠点を持っている(福岡の他に東京・大阪・横浜・那覇だそうだ)。

台湾を巡ってのトークは政治的にデリケートな部分はあるものの、かなり踏み込んだ話もさせていただいた。台湾の総統選からアメリカ大統領選の行方、それが日台に与える影響などなど、台湾のホットな情報が入った。

福岡県も台湾に事務所を持っている。世界でも有数の親日国である台湾と、友好関係をしっかり築いていきたい。

2008年01月25日

市役所職員有志と懇談

福岡市役所の職員有志のみなさんと食事会をした。
奇しくも私は15日の地方分権委員会で、福岡県と福岡市との連携について県に要望したばかりのタイミングであった。県と市との連携がうまく図れていないというのは常々私も気になっていることだったので、市側のスタッフの率直な声は実に参考になった。
「県側と話がしてみたい」という福岡市の某課課長さんと私を繋いでくれたのは、市役所に入った大学時代の同級生。彼と話しているとすぐに学生時代に戻ってしまい、思い出話やムダ話に花が咲いた。課長さんのほかは私と同世代の方々で、福岡市にも優秀で元気な若手スタッフがたくさんいるのだなぁと感じた。県庁の同世代のスタッフともこんなに気軽に飲んでみたいものだ。


2008年01月01日

元日

新年の恒例行事、今年も朝5時からの元朝式で一年が始まった。朝3時には起床し、夫婦で住吉の実践倫理会館へと向かう。
昼から実家へ行き、親戚一同とおせちを食べる。それから恩師である森田塾の館長先生宅へ、新年の挨拶へ伺う。6時から坂本先生のお通夜があるため、皆で平尾の草苑に向かう。坂本先生の死を一番悲しんでいるのは森田先生だろう。森田先生の寂しさを紛らわすためにも、先生宅へ戻り深夜まで語り明かした。
毎年の行動ルートと同じなのだが、いつもいるはずの方がいないというのはやはり寂しいものだ。

2007年12月08日

福岡モーターショー

行ってきました!福岡モーターショー。私の高校の後輩と、彼の職場の後輩とで見学しました。初日には1万5千人の来場者があったらしいですが、二日目の今日も駐車場探しに苦労するほどの入り。自動車生産百五十万台構想を掲げる県としても、このイベントへの力の入りようはただごとではありませんでした。

車の生産技術や水素エネルギー研究の展示、国産・外国産の最新車・バイクの展示、と見所十分で、京セラに勤める私の後輩も、同じ製造業として興味深く各ブースにかじりついていました。私は特別車好きではないのですが、昭和12年製のダットサンや12気筒エンジンのフェラーリ等の写真を撮るあたりはミーハーなものでした。

明日は、私の友人が家族7人で遊びに行くとのこと。きっとみんなで楽しめると思います。小さい子は迷子にならんようにね!

2007年12月02日

先生お見舞い

中学生の頃からお世話になっている森田塾の先生が緊急入院された。金曜日に入院されたときはインフルエンザで近所の病院だったのだが、今日は医療センターの集中治療室へ転院された。大至急戻れとの連絡を受け、出張先の鹿児島から朝一番で帰福。

金曜日お見舞いに行ったときにはまだ意識があり、私の手を握り締められた。「熱が下がれば楽になりますから頑張ってくださいね」と言うと、呼吸器越しにウンウンと頷かれた。また元気になってほしいものだが…。ご家族にご挨拶をして病院を出る。

夕方からは衆議院議員・太田誠一事務所の秘書OB会に参加。私は秘書ではなかったが、学生アルバイトとして政治の勉強をさせていただいていたため仲間に加えてもらっている。学生当時、秘書の皆さんにたいへんかわいがっていただいた恩もあり、次の総選挙でも応援したいと思っている。

2007年11月27日

留学生センターでの講演

午前中、アメリカ領事館へ。私の事務所とは目と鼻の先ほどの近さだというのに、今日が初の訪問。主席領事補佐の方と懇談させていただいた。

午後からは九州大学の留学生センターへ。昨年に引き続き二回目だが、世界各国から来ている留学生の前で講演させていただいた。お題は「日本政治の現場から」。日本の政治家と生で接するのは初めてなので、みんな楽しみにしているとのこと。目を輝かせて熱心に私の話を聞いてくれた。

質疑応答の時間では政治と金の問題について厳しい質問や少子高齢化社会にどう対応するのかなど、時間が足りなくなるほど質問が出てきた。

終了後、花をいただき記念撮影。後から伝え聞くところによると、学生さん達も楽しかったらしい。私にとっても刺激のある時間であった。

2007年11月04日

ダブロンさん宅へ

この日記にも何度か登場したウズベキスタンの青年地方議員・ダブロンさんのご自宅に招かれた。現在彼は九州大学に留学中であり、二人の子どもを故郷の両親に預け夫婦で筥松に暮らしている。私も夫婦で訪問し、奥様の手料理をいただいた。

ウズベキスタンはイスラム国であり豚肉を食べない。日本で手に入る食材でウズベク料理を作る。揚げた肉まんみたいなもの、ヨーグルトをかけた餃子みたいなもの、米の団子が入った牛肉のスープ、インドのナンみたいなパンなどなど、お腹がパンパンになるほどごちそうになった。デザートにリンゴやみかんやブドウが出てきたときには「もうお腹いっぱいだよ」と言ったが、その後さらにアイスクリームがでてきた。そのアイスは日本の「白くま」というアイスで、「これがおいしいんだ。残してもいいから食べてくれ」と言われて口をつけた。口をつけると残す訳にもいかず必死で全部食べた。どうも私は断ったりするのが苦手なようだ。

ダブロンさんの結婚式のビデオを見たり、春に行われた私の選挙時の映像(手伝いに来たダブロンさんも写っている)を見たりして楽しんだ。酒は入らずとも次第に議論に熱も入り、熱く両国の政治の話をして盛り上がった。国も文化も言葉も違っても、もてなす心の伝え方はそんなに違わないんだなと感じた。印象深いあったかい時間であった。

2007年11月03日

スピーチの成否

かわいがっている年少の友人(27歳・男)の結婚式に出席。新婦側で主賓格の挨拶をすることに。
乾杯前の挨拶なのであまりふざけてもいけないだろうが、親しく遊んでいる友人でもあり場を和ませるネタには事欠かない。少しだけ笑いを盛り込んだつもりだったが…。堅い雰囲気の中、半端な冗談は笑いにくかったようだ。
仲間内ではウケていたようだったが、会場の皆さんはどう受け止めただろう。愛すべき新郎新婦のことはしっかり褒めたと思うが、ご家族はどう聞いただろうか。スピーチの機会は多いが、反省することもまた多いのである。

2007年10月31日

バラエティに富んだ一日

朝から決算委員会を傍聴。今日は保健福祉部と環境部の歳出について。12本の質問が質問予定として通告された。質問項目としては児童虐待や新型インフルエンザ、生活保護行政についてのほか、環境部では地球温暖化対策についての質疑が行われた。
私は午後、陳情を受けるために議場を出た。夕方には宅建協会との協議会。不動産業界の現場からさまざまな意見・要望をうかがった。夜にはベンチャー企業を起こしている友人が東京から来福。議会もありながら陳情受付や業界団体との協議、経済界の友人との交流など、バラエティに富んだ一日だった。

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