福岡県議会議員 おにき誠 公式ウェブサイト

「議会での活動」に分類された日記

2005年12月13日

多重債務問題

大変な社会問題である多重債務問題について一般質問しました。というのも個人・法人を問わず、大きな借金を背負って私のもとに相談に訪れる方が引きも切らないからです。「悲惨な現状に対し、いったい行政は何をやっているのか?多重債務者の救済や金銭教育などの施策を充実させるべきだ!」という提案をさせてもらいました。相変わらず行政答弁はボチボチで、派手な成果はすぐには出ません。が、私の発言によって行政の問題意識が高まれば、それだけでも大きな一歩だと思って頑張りました。社会に存在する問題を解決したい、小さな一歩でも少しでも人のためになることがしたいという一心です。

2005年12月02日

12月議会開会

今年の締めくくりの12月議会が開会されました。今年は3月の大震災に始まり、年末の耐震構造計算書偽造事件に終わるという激震の年となりました。我が会派の代表質問は糟屋郡選出の三船祐規議員が行います。この一年を振り返り、さまざまな問題に対する行政の姿勢を問うものです。新型インフルエンザ対策やアスベスト対策、県税の未収対策や三位一体の改革に対する知事の所見、さらには農水問題から教育問題まで、幅広く網羅しています。代表質問は会派の意見を集約して発言するものなので、会派で何度も政策審議会を開いて質問原稿を作成します。その分だけ議員一人の権限において発言する一般質問よりも、行政に対する発言の重さがあるとも言えます。

2005年11月29日

社会福祉審議会

今日は厚生環境委員として「福岡県社会福祉審議会・老人福祉分科会」に出席しました。特別養護老人ホームやケアハウスの増築や改修について、整備計画にのっとって許可を出したり補助を出したりするものです。例えば福岡市の特別養護老人ホームの整備状況は、平成19年度における整備目標定員3760人に対し、現在85%の進捗です。残り定員183人分の整備がこれからの課題となります。地域の実情や公平性に配慮して、公正な業者(及び団体)選定が行われているかをチェックしました。しかしながらまだまだ詳しい分野ではなく、説明を理解するのに必死でした。日々の勉強が、着実に自分の力になっていきます。三年先の稽古です。

2005年11月09日

委員会視察

8日の午前中、厚生環境委員会が開催されました。審議のテーマは大きく分けて2つ、「障害者自立支援法の概要について」と「産業廃棄物業者への行政処分について」でした。障害者にも応分の負担を迫る自立支援法、産廃業者の杜撰な廃棄物処理……どちらも深刻な問題です。午後からは、バスに乗り行政視察に向かいました。行き先は大牟田リサイクル発電所。生活ゴミを高熱で燃焼させることで、ダイオキシンを発生させずかつ電力を生みだすという夢のような施設です。しかしこの発電所も爆発事故や予想外のコスト高が問題になっており、その現状を調査しました。そして一泊した今日は、午前中に太宰府病院を視察。毎年何億もの赤字を出してきた県立病院のひとつでしたが、今年から民営化されました。これだけの重要テーマに懸命に取り組んでいるのですが、視察というと議員のお遊び旅行だというイメージが定着していてやりきれないものがあります。

2005年10月30日

中国公式訪問

24日の集会は、おかげさまで出来過ぎなくらい盛会に終えることができました。来ていただいた方、ボランティアスタッフなど、関係者各位に御礼申し上げます。さてその翌日の25日から29日まで、県議会を代表して中国・江蘇省を公式訪問して来ました(訪問団は藤田議長を団長とした計8名)。江蘇省と福岡県は友好都市として13年の歴史を持っています。小泉首相の靖国神社参拝直後だったので訪問を心配する方もいらっしゃいましたが、江蘇省では未だかつて反日暴動やデモはないとのことでした。漢字が踊る町並みや稲穂が光る田園を眺め、中国と日本がはるか昔からつながっていることを実感しました。また田舎から都会まで、劇的に発展を遂げつつある中国のダイナミズムを目の当たりにしました。詳しいレポートをまとめて公表したいと思っていますが、とにかく日々が忙しくてなかなか……。疲れが溜まって弱り気味です。体調を整えてからもうひと頑張りです!

2005年07月21日

国民健康保険審査会

厚生環境委員となった私に、いくつかの審議会の委員としての役回りが与えられました。その中のひとつが、本日開催された「国民健康保険審査会」です。この審議会は、国保に関する県民の苦情を審議するものです。前回の審議会で結論がでなかった案件1件について、審議しました。どんな問題だったのかというと……中国出身の奥さんが、出産するために中国に帰る。その間国保は中国では使えないので、国保の脱退手続きをしてから中国へ行った。奥さんはほどなく出産、その後日本へ帰国。出産一時金がもらえるはずだと市役所に行ったが、「国保脱退者は受給資格がない」とのことで断られた。脱退手続きの際、行政はこの事態を予見できたはずであり、説明責任を果たさなかった!……との不服申し立てです。私は「義務と権利を放棄したのだからやむをえない結果である。この件を特別扱いして、遡って給付するようなことはできない。」と主張しました。審査員の皆さんからは「それはちょっと言い過ぎでは」とたしなめられましたが。権利ばかりを主張されると、私もついついムキになってしまいます。

2005年07月11日

エコタウン視察

朝から車に乗って北九州市へ。若松のエコタウンを視察するためです。若松市民グランドへはラグビーの試合でしょっちゅう行っていたのですが、不覚にも隣接するエコタウンには足を踏み入れたことがありませんでした。縁あって知り合った神戸市シルバーカレッジ生活環境コースの方々と、九州工業大学の白井教授のお話を聞きました。捨てても土に戻るという生分解性プラスチックの研究についてうかがいましたが、研究内容そのものよりも「いかにコストを下げ、市民の理解を得て、普及させるか?」について熱心な社会実験が行われていることに共感を覚えました。また、話題はゴミ処理や地球温暖化にも及びました。この秋から福岡市もゴミ袋が有料化となりますが、ゴミ処理には高いコストがかかっていることを認識しました。これからの世の中、受益と負担の問題は、あらゆる分野において国民レベルで認識を深めるべき論点です。

2005年06月27日

綾町視察

私の所属会派「緑友会・新風」の議員7名で、宮崎県綾町に視察に行きました。わざわざ宮崎まで何をしに行ったのかというと、自然生態系農業の取り組みを見るためです。綾町は自然生態系を活かした有機農業の振興により、町おこしに成功しました。日本初の「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定したことでも知られています。視察の中で特に感銘を受けたのは、現在に至る道筋を作ったリーダーの決断でした。昭和40年代、経済成長まっただ中の日本ではパルプの原料が不足しました。政府は全国の照葉樹林を伐採する政策を進めました。時のリーダー郷田実前町長は「町の宝である森林を滅ぼしてはならない!」と反対運動を開始、その結果伐採は中止され、逆に国定公園の指定を受けました。その後、自然という資源を活かして町が推進したのが有機農業です。理念と信念に基づいたリーダーシップが町の未来を創るのだと痛感しました。

2005年06月21日

初の厚生環境委員会

県議になってはや2年、任期も残り2年の折り返し地点で、常任委員会の再編がありました。私は、これからの少子高齢化社会に備えて勉強したいと考え、厚生環境委員会に配属を希望しました。今日はその初の委員会開催日。ベテラン議員に囲まれ、我が会派からは私ひとりで、緊張しながらの初委員会でした。審議した論点は産廃業者の処分、同和調査の方法の是非、RDF発電所の事故、など、ややこしい問題が目白押しでした。半端な知識でいいかげんなことを言えないので、今日は私は発言を控えました。地震の問題では、本会議で私が知事に質した論点がいくつも挙げられました。住宅再建の県独自の支援策をしないのか?義援金の使い道はどうなるのか?私の発言が議会に影響を与えていることは喜ばしいのですが、いったん答が出たのに同じ質問を繰り返されるということは、私の追及が甘かったということかもしれません。まだまだ修行せんといかんな、と感じました。

2005年06月20日

カラ梅雨、水不足

6月。とっくに梅雨入りしたというのに雨が降りません(福岡6月の降水量は前年の12%)。今日は会派で水不足の対策会議をしました。代表質問の中でも知事に対応を要望したのですが、農家の水不足が深刻です。というのは、田植えには梅雨によってもたらされる大量の水が必要なのです。平成6年の大渇水よりも早い時期からの水不足で、今後の天候次第では大変な事態も考えられます。しかしながら福岡市都市圏では、海水の淡水化施設が完成したことで、生活用水は日量3万トンが確保されています。それは良いことなのですが、自らに痛みを感じなければ都市で生活する人々には、農村部の水不足はどこ吹く風となってしまいます。古来より日本の生活と文化を育んできた稲作の価値が、なおざりにされていくことに危機感を感じます。都市と農村をつなぐことも私の仕事かもしれない、と感じる今日この頃です。

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