福岡県議会議員 おにき誠 公式ウェブサイト

「議会での活動」に分類された日記

2004年06月16日

一般質問、二日目

私の一般質問は昨日終わりましたが、あと二日間、他の議員の一般質問があります。一日中じっと座って人の話を聞き続けるのもキツイものです。眠いときもあります。先日学生との交流会で「議会の発言は形式化していて、プレゼンとしては最低レベルだ!」と厳しく指摘されました。確かにそのとおりだと反省しました。少しジョークでも入れてメリハリをつけよう!と思い、昨日は二箇所ほど笑いを狙いました。それが本質ではないので、いきすぎたパフォーマンスがあってはいけないと思うのですが、こうした中で県民の政治への関心が高まればと思います。わかりやすくて、内容がしっかりしていて、見ていて面白い議論をこころがけたいものです。

2004年06月09日

議会中もいろんなことが

今日も考案日で議会は開催されませんが、議会の準備をしなくてはいけません。各種陳情等もなるべく午前中ですませます。午前中には来客が2件ありました。午後から県庁へ行き、一般質問の原稿作りに励みました。県議会の図書室で、戦後の県の失業対策事業について調べたのですが、議会事務局のスタッフの方々が一生懸命手伝ってくれました。夜は夜で会合が2件、議会中ということもあり11時過ぎで切り上げました。それから、私が学生時代からお世話になっている太田誠一前衆議院議員の、お母様の通夜に行きました。遅くに訪れて迷惑だったことと思いますが、おかげで昔話から近況まで、わりとゆっくりお話をすることができました。

2004年06月07日

親知らずを抜く

4日に開会された議会ですが、今日は考案日といって議会の召集はありません。質問の原稿を作ったり、その回答について執行部と打ち合わせたりする日になります。この打ち合わせが行き過ぎると「馴れ合い」との批判があてはまるのですが、議会の円滑な運営と、有効な回答を引き出すためには重要な作業ともいえます。この打ち合わせで、「この表現はまずい」とか「この質問は取り下げてほしい」などという要求もあるのですが、質問の本質を曲げられることのないように気合を入れて頑張ります!さて、今日はその合間をぬって歯医者に行きました。左の上下の親知らずを引っこ抜きました。痛みも出血もそうひどくなく、ひと安心しています。

2004年06月04日

6月議会開会

年に4回開かれる定例議会のひとつ、6月議会が開催されました。初日の今日は井手副議長の退任にともなう、新しい副議長の選出が行われました。共産党を除くほぼ満票を得て、私の会派の元会長である重野正敏氏が選出されました。一年での交代は批判もあるところですが、私は非難されるほど悪いことではないと思っています。議長・副議長は公務がたいへんに忙しく、一般議員のように充分な議員活動や地元活動ができません。ですから私なんかは現時点で「議長をやれ!」と言われても、「嫌です!」と答えます。ある意味、特権もあるポストなので、任期は短めのほうが良いのではないでしょうか。

2004年06月02日

中経協30周年祝賀会

午前中は会派の政策審議会がありました。代表質問の内容を話しあいました。各会派45分を与えられるのですが、現在の原稿量がその倍くらいあり、どこを削除していくのかが議論となりました。9月の代表質問はいよいよ私が登壇することになりそうです。会派を代表してあらゆる分野に言及するため、代表質問づくりはたいへんな労力です。午後は、社)福岡県中小企業経営者協会、いわゆる中経協の創立30周年の祝賀会に行ってきました。銀行員時代にお世話になった経営者の方々とたくさん会えました。中小企業の元気が地域を支えていることをあらためて実感しました。

2004年03月26日

議会閉会

約一ヶ月にわたって開催されてきた2月議会も本日で閉会しました。最終日の今日は、委員会報告や予算案の採決がありました。昨日の午前中くらいから執行部からは笑顔がもれ、議会終了モードともいうべき和やかな雰囲気が醸しだされていました。私はそれを見て「知事保留質疑も終わってないのに、緊張感がないなあ」と思っていました。昨日の知事保留質疑も最終日の本会議もあっさり終わったことを考えると、執行部はそういう展開まで読めていたのかなあ、とも思います。事前の調整が議会運営には重要だということをマザマザと見せつけられた今議会ですが、先が見えるのも緊張感がないものです。

2004年03月25日

調整日

約一ヶ月におよんだ議会も、明日で最終日です。さて、議会最終日の前日は調整日といって議会スケジュールは何も入っていません。ひらたく言えば予備日であり、何もなければ議員は休みになります。今まで3回の議会では、この調整日に議会が開催されたことはありませんでした。ところが今回は常任委員会がずれこんだため、調整日に予算特別委員会が開催されました。今日の予算委員会は「知事保留質疑」がありました。5日間の予算委員会での部課長との質疑で納得いく回答が得られない場合に、質問を保留し直接知事に所見を質すというものです。なにかと紛糾することが多かった今議会ですが、知事保留質疑は意外なほどあっさり終了しました。

2004年03月24日

予算委員会、開かれず

本日はいよいよ予算特別委員会の大詰め、「知事保留質疑」のはずでした。はずでした、というのは結局今日は開催されなかったからです。昨日開催された常任委員会のうち、総務企画委員会だけが昨日中に終わりませんでした。それが今日にずれこんだのですが、開始予定の11時を過ぎても再開の目途がたたず、始まったのは15時半ごろでした。消防学校の建て替えの問題で、議員と執行部側の回答がかみあわなかったようです。予算特別委員会の委員はその間待ちぼうけでした。夕方には日中友好議員連盟の講演会が予定されており、予算委員会の開催は明日にずれこむことが16時ごろ決定しました。人と人がぶつかりあう議会は生き物です。予断を許さない場面が多々あります。

2004年03月19日

結婚式と通夜

朝からの予算委員会は6時ごろに終わりました。今日は産業振興と産学官連携について、九大のゲノム研究を例に挙げて質問しました。面白い質問になったのではないかと思います。その後7時から久留米で政援隊の延くんの結婚式がありました。車で駆けつけ、先に行っていた妻と合流しました。すると8時半ごろ、友人から電話がはいりました。なんと、親友のお母さん(以下おばちゃんと記す)が亡くなったという連絡でした。中学生の頃、その家はワルガキの溜まり場になってたのですが、おばちゃんはいつでも暖かく迎えてくれました。その家に電話する時、ワルガキたちは「オレオレ」と名乗っていました。親友は僕の選挙を丸一年間ボランティアで支えてくれました。当選後、おばちゃんは私を自分の息子のように自慢していました。議員らしい格好しなさい、と、当選祝いにスーツを作ってくれました。一刻も早く、駆けつけて親友を励ましてあげたいと、めでたい席の途中でしたが抜けてしまいました。あと30分で結婚式が終わるというのに、延くんには申し訳ないことをしました。通夜にはワルガキたちが集まりました。おばちゃんの夢だった大濠公園一周をさせてやりたいね、遺体をかついで公園に行こうか?なんて話をしました。おばちゃん今までほんとにありがとう。僕達のことは心配ないよ。ゆっくり休んでね。

2004年03月18日

円滑な議会運営

初日、二日目と一部議会が空転した予算特別委員会ですが、今日はスムーズに進行しました。この調子では予定した日程どおりに審議が終了しないということで、各会派で調整をおこないました。ひとつの質問は回答も含めて二十分以内とすることや、重複する質問の取り下げ、予算と関係の薄いものについては次回議会の一般質問にまわすことなどで調整しました。今日は私は保健費のところで質問をしました。新しい医者の研修制度ができたのは良いのですが、大きな病院が指導員として町のお医者さんを引き抜くため、地域で医者不足がおこっているという問題です。また、小児救急医療体勢の充実についても質問しました。これは少子化対策にもつながる重要論点です。

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