甲子園を観戦しながらブラジル訪問の日誌を書いていたところ、劇的な場面に出くわした。ブラジルから本庄一高(北埼玉)にやってきた日系三世の奥田ペドロ君がサヨナラホームランを放ったのだ。
奥田くんはブラジルで見た甲子園のビデオに魅せられ、日本で野球をすることを決めた。そのあこがれの舞台での劇的なホームラン、守備に打撃に躍動する姿は輝いていた。ネットで検索すると…あるもんだ、いろんな記事が。
祖父が1940年ごろ日本からブラジルへ来たこと、そして野菜作りの後サンパウロ州で小さなプラスチック工場を始めたこと、ペドロ君は地元チームで野球を始め日系企業が作った野球アカデミーに入ったこと、そこで監督から見せてもらった甲子園のビデオに魅せられたこと、昨春来日して寮生活を送っていること、今年4月、ブラジルで暮らす母ロザさんが脳腫瘍で倒れたこと、遠い病床の母の応援を受けての甲子園でのプレーであること…。そんなエピソードが書かれていた。
球児それぞれに人生のドラマがある。熱い思いがある。ブラジルからやって来たからと肩入れするのはどうかと思わなくもないが、思わず応援したくなるような輝きを彼は放っていた。





