福岡県議会議員 おにき誠 公式ウェブサイト

「地域での活動」に分類された日記

2007年02月06日

選挙モードのハードスケジュール

選挙を間近に控え、スケジュールもたいへん厳しいものになってきました。そんな中でも容赦なく2月議会がやってきました。議会活動をしながら選挙に向けての活動もしなければならないというのが現職議員の辛いところです。

街頭演説の開催日は5時起きなのですが、今朝は倫理法人会に参加するために4時半起きでした。その後8時半から、中央区にある企業の朝礼に赴き挨拶をさせていただきました。中央区に所在する企業でも中央区に住んでいる人は少ないのが、この選挙区の辛いところです。

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2007年01月21日

おにきどん18時間ダイジェスト

今朝は午前3時に起床。4時45分からの実践倫理・朝起き会に参加しました。7時に終了後ロイヤルホストでパンケーキを食べ、9時半からは南区大楠にてお茶会に参加しました。このお茶会、たいへん本格的なもので私の人生初の茶道体験となりました。

遠州流の宗家十三世家元・小堀宗実さんが直々にお茶をたててくださいました。会費が高くて驚きましたが、茶器や道具立ての素晴らしさを見れば納得でした。文化を維持しましょうと言うのは簡単ですが、それにはお金が必要だと感じました。世の中が採算性や合理性を優先する今、伝統文化の維持は大事な課題です。

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2007年01月13日

チャリティーコンサート雑感

私の所属する福岡誠ライオンズクラブでチャリティーコンサートを実施しました。これは全世界のライオンズクラブが取り組んでいるCSF-2という活動の一環です。

CSF-2とは「地球から失明者を無くしていこう」という取り組みです。世界には、劣悪な環境によりトラコーマや河川症などで失明する方が今でもたくさんいます。ヘレンケラー女史がライオンズに向けた「盲人のために暗闇と闘う騎士になってください」という言葉が、この活動の発端となっているそうです。

おととしの12月に初めて開催されたこのコンサート、今年も平成音楽大学とヤマハエレクトーンシティ渋谷さんのご協力により実現できました。今日の私の役割は、入場口での会場案内でした。

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2007年01月07日

新年の信念

今日は4つの校区から新年会のお招きを受け、4時間かけてまわりました。移動時間込みで4時間ですから一会場あたり1時間もいなかったことになりますが、どこもひとつひとつ中味の濃い新年会でした。

夕方には実家の母から電話があり、対馬のおじさんが来られているから鍋でもしましょうとのこと。母のいとこにあたるそのおじさんは、かつて上対馬の町長をされていました。

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2006年12月08日

またまたフタタ前にて

今日の街頭演説はフタタ前でした。前回は目の前でハトが車に轢かれるというアクシデントがありました。その場に立つとその光景を思い出してしまいましたが、しばし目を閉じハトの冥福を祈りました。今回配布の「おにきどんタイムズ18号」は、前回友人にフタタ前で撮影してもらった写真を使っています。

いつものように演説をしていると、少し汚れた格好の中年男性が私の前に立ちじっと話を聞いています。チラシを受け取るとそれを読みながら、私の目の前に寝転んでしまいました。どうやらかなり酔っているようでした。往来の多い交差点ですから、通勤中のみなさんの邪魔にもなっていました。「危ないですからちょっと移動しましょう。」と言って、少しよけてもらいました。気を悪くするかと思いきや、「仲間達にあんたのこと言うとくけんね。」と、機嫌よく去って行かれました。朝からいろんな人と出会います。街頭演説もまた楽しと思う瞬間です。

2006年11月22日

賛否両論

昨日からおにきどんタイムズ18号配布の街頭演説を始めました。今号のテーマは教育についてです。昨今の教育現場の混乱についての私の考えや、解決のための取り組みの提案などをさせていただいています。

教育問題は関心も高いようですが、価値観に踏み込む問題であるため、私と考えが合わない方もたくさんいらっしゃるようです。激励のメールもあるのですが、否定や非難のご意見もいただきます。今朝は街頭で「あなたは教育基本法に賛成なのか?!あなたのチラシがそこに散らかされとるやないか!そんな人に教育を語る資格はない!」と咎められました。

4年前から「信じる力」の旗を掲げて街頭演説を続けていますが、まさに自分が正しいと信じたことを信じ抜けるかという道のりとなっています。おにきどんタイムズの作成では、わずかな紙面でいかにわかりやすく正確に私の思いを伝えるか、毎号苦心しています。一言一句、時にはスタッフ間で大激論をしながら丁寧に作っています。

政治家の言葉が何を言っているのかわかりにくいのは、主張をはっきりさせると反発の声が大きくなるからだと思います。しかし私は賛否がある論点でも自分の考えをみなさんに問いかけていきたいと思います。もちろん私が間違っていることもあります。そのときにはご指摘を受け止め反省も修正もします。そうして議論がなされること、それぞれの立場での意見が交わることが健全な民主主義の礎だと思っています。

ご意見いただいた方への返事はまだ全てできてはおりませんが、回答を差し上げたいと思っています。いましばらくお待ちください。

2006年08月14日

初盆のお参りで

毎年お盆は初盆のご家庭へお参りに行きます。今年は30〜40軒ほど訪問しました。仏壇に向かった後、故人について思い出話をしたり世間話をしたりするのですが、政治の話になることもあります。
そこで今年驚くほど多くの方から尋ねられた質問があります。それは、「オリンピック、どうなりますか?」です。自分から招致反対と切り出される方はめったにいないのですが、会話が進むうちに批判的な考えをお持ちだということが伝わってきます。やはり今回のオリンピック招致について、かなりの割合の市民が危機感を持っていることが肌で感じられました。
なし崩しの五輪招致の推進手法に対し強く抵抗してきた私ですが、数の力の前にはいかんともしがたくここに至りました。市民のみなさんのご不満ごもっともです。
オリンピックの国内候補地は8月30日に決定します。東京か?福岡か?賛成派も反対派も、固唾を呑んで見守っています。

2006年08月05日

ハードな一日の終わりに

今日からインターンシップの学生(第6期生)の受け入れが始まりました。まず午前中は、福岡JCが主催する「見直そう 日本の歴史と精神性」という教育シンポジウムを見学しました。午後からは日本会議主催の「英霊顕彰 県民の集い」に参加しました。どちらもイデオロギー的には右寄りだったので、学生達はいきなり度肝を抜かれたかもしれません。
その後は4時から夏祭りに参加。今日は中央区内の6つの校区で祭りが開催されるため、バタバタと慌しいお祭り巡りとなりました。私がお祭りに参加しているところを見ているだけなので、インターン生は3校区ほど回ったところで解散しました。7時半にはラサール学園福岡地区PTA総会があり、OB会の代表として万歳三唱をするためにタカクラホテルに向かいました。その後、残り2校区を訪問し終わったときにはもう9時を過ぎていました。
ハードな一日の打ち上げに、秘書の水戸川くんと平尾のモツ料理店「煮こみ」へ食事に行きました。この店がオープンした頃、私は銀行員でした。店の壁中に張られた来店客の名刺の中に、私の銀行員時代の名刺が残っています。もちろん県議に当選後の名刺も張らせてもらっています。すると後ろから「おにきまこと!おにきまこと!」という声が聞こえてきました。私の名刺を見て言っているようです。驚いて「こんばんは。私が本人です。」と話しかけると、今度はむこうのほうが驚いたようでした。「おにきどんのビラ持ってます!」「看板見てます!」と言ってくれました。ハードな一日の終わりに愉快な気分になりました。ささいなことのようですが、応援の声に強く励まされるものです。

2006年07月22日

ボランティア御礼!

今日も午後からポスティング作業を手伝ってくれる方が事務所に来てくれました。今回は今までで最大の規模で、10数名で来所していただけました。私は13時から講演に参加のため、来所してくださった方々のお顔を見て御礼を言うことができなかったのですが、この暑い時期に休日のプライベートの時間を割いて手伝いに来てくださる方々には頭が下がります。ありがとうございました。
さて講演は、小学校に「弁当の日」を導入した香川県の竹下和男校長先生によるものでした。仕掛け人は「食卓の向こう側」の著者・西日本新聞の佐藤弘さんです。教育関係者など会場の熱気はなかなかのものでした。
16時から九州大学法学部の政治学教授・薮野先生の還暦祝いに参加、明るい先生の人柄もあり楽しい会でした。その後18時から笹丘校区、唐人町商店街と、夏祭りをハシゴしました。さらに県会議員のご母堂が亡くなったということで、車に乗って通夜に行きました。充実した一日も、それを支えてくれる方々がいればこそです。

2006年07月15日

爽快!感動!山笠追い山

14日の夜、福岡JC・政治行政開発委員会の公開委員会にパネリストとして参加した後、山笠に合流しました。締め込みを締めてもらい、外で記念撮影。今年のヤマには二日しか参加できませんでしたが、いい友達もできました。
追い山直前、私は数人の友人達と櫛田神社境内でヤマを待ちました。夜明けを迎え空の色が変わりつつある五時二十分、いよいよ中洲流の櫛田入りです。そこから約三十分はただただ夢中で走りました。流がきの際には両肩パンパンになるほどヤマをかくことができたのですが、さすがに追い山になると人も多く、ヤマには二・三度しか入れませんでした。沿道からかけられる勢い水が爽快でした。
終了後の直会も感動的でした。当番町の取締という大役を務めた副田さんの最後の挨拶では、拍手が鳴り止みませんでした。ヤマの男というのはカッコイイなあ、粋だなあ、と何度も思わされました。ぜひ来年も参加したいと思っています。

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