福岡在住の篤志家からの3億円もの寄付により、「福岡県アンビシャス奨学生基金」が作られた。
これは、福岡の高校生が外国の大学に進学する際に返還不要の奨学金を付与する事業だ。

第一期の奨学生が海外に飛び立つ前に、私は彼らに一冊の本(藤原正彦/国家の品格)をプレゼントした。
そのときの御礼と本の感想をメールで送ってくれたのが松尾葉平くんだ。
彼はこの夏、留学後初の夏休みで福岡に帰ってきていた。たまたま彼と私は縁があり、共通の知人を介して再会した。

彼のアメリカでの奮闘の様子や将来の夢などについて話を聞いた。
今回も2冊の本(司馬遼太郎/明治という国家、泉三郎/堂々たる日本人)をプレゼントした。大志を抱き海外に勇躍する青年の大成を祈りたい。

17日にラグビーをして一週間、そろそろ痛みが引いてくるはずの打ち身がなかなか治らない。

私が高校生の頃は、打ち身など怪我のうちに入らなかった。
「先輩、モモにヒザが入って痛いんですけど...」と訴えても「そんなの痛いだけだ。走りよけば自然に治る!」と一喝されてグラウンドに放り出されていた。
ラグビー部にとって怪我とは「治療しなければ後遺症が残るか否か」が基準であった。

あれから20年。「打ち身など怪我じゃない」という信念のもとほったらかしていた左ふくらはぎが、大変なことになってきた。
痛みが引くどころか、パンパンに張って内出血で紫色に腫れあがったのだ。

ここに至って初めて病院に行くこととなった。整形外科での診断結果は「左足ふくらはぎ肉離れ、肩鎖関節捻挫、全治一ヶ月」。立派な怪我であった。
歳とともに筋肉は固くなっているのに突然激しい運動をしたため、筋肉が断裂して内出血したのだ。

今回の試合は必死でディフェンスをした。名誉の負傷だと思いたい。
しかしこのような怪我をするほど筋力が弱ったことは反省したい。この怪我が治ったら、日々の運動を心がけたい。

昨日の追悼試合に引き続き、今日は朝から先輩のお墓参り。先輩のご実家を皆で訪れて昼食をご馳走になった。

14時には中国領事館にて日中子供絵画展の表彰式に参加。私の知人も子供が表彰されていた。

18時には警固校区の夏祭りに参加。このため、今月の政治塾はいつもより一時間遅いスタート。

今日のテーマは、政治家はどういう経歴で政治家になっているのかを分析。
歴代総理はなぜ2世や官僚ばかりなのか? 選挙に当選するには何が必要なのか? ゼロから叩き上げる道の険しさ、どんな職業の人が政治家になっているかのトレンド、落選した議員はどうやって生活しているのか?など、多岐に渡って分析・解説した。

朝9時、不動産会社の社長さんが事務所へ来られた。暴力団対策として、足を洗う組員の就職支援をすべきだという話。
10時、次期インターン生の面接。
12時、自民党福岡2区の昼食会。

14時、香椎のコカコーラさわやか運動公園にてラグビー。
ラサール高校ラグビー部で私の一つ上のK先輩が亡くなって今年で13回忌となる。先輩が所属したラサール高校ラグビー部と東北大学ラグビー部が集まり、福岡で追悼試合を行なった。

親睦ムードで怪我をしない程度の試合...のはずだったが、両チームのプライドがぶつかりあう激しい試合になった。
私もほとんどの時間をディフェンスに費やし、相手を追いかけタックルに入り芝生の上を転げ回った。
少しでもサボろうものならK先輩から笑われるような気がした。

試合後、リーセントホテルにて偲ぶ会が行われた。先輩が生前出演したテレビを見ながら、思い出話に花を咲かせた。
二次会では全国から集まった先輩後輩と飲みに行く。
試合で強打した肩や足が痛みだす。左足首は紫色の内出血、右肩は靭帯損傷...それでもラグビーはやめられない。喜びと痛みを分かち合う友がいるから。

明日は朝からみんなでK先輩の墓参り。これだけの友人に囲まれて、先輩もきっと喜んでくれていると思う。

文教委員会の視察二日目は、福岡県を襲ったゲリラ豪雨のため中止となった。

昨日から猛烈に降り続ける雨のため、各地で河川の氾濫や床上床下浸水が発生した。
文教委員会の所属議員の地元でも被害が相次ぎ、朝8時の時点で本日の視察全行程の中止を決定した。
JR行橋駅から北九州方面に向かう議員と、視察のバスに乗り福岡市へ向かう議員に別れる。

高速道路もストップしたため、下道で2時間以上かけて福岡へ。
市内の雨はかなり小降りになっていたが、昨年決壊した樋井川と那珂川を中心に被害調査を行なった。

6月の県政報告会でも説明したが、河川管理は県の重大な仕事の一つである。

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