人の話は「聞く」ものじゃない、「聴く」ものだ

今日の活動は外回りでした。水戸川さんとともにとある企業の社長さんを訪ねたのですが、その折に今の日本についてのお話を聴かせていただきました。
その方のお話を聴いていて最も衝撃だったのは、これまで考えもしなかった切り口から今の日本を分析することが出来るということでした。
例えば、日本を知るためにみなさんは何をしますか?おそらく流れを掴むということで真っ先に思い浮かぶのは、日本の歴史について書かれた書物を手に取るのではないでしょうか。
この手段であれば、簡単かつ自分が求める程度に応じての理解をすることが出来るので、極端なことを言ってしまえば本を読むだけでおよそ人並み程度のレベルの理解をすることが出来るのです。
ただ活字を追い掛けるというだけでは、その活字の配列が生み出す内容の理解の幅というのはその人が持つ考え方によって制限されてしまうので、どうしても理解の幅というのは狭くなります。
しかし「人間は千差万別」というように、様々な人から話を聴くということは、それぞれが違った考えで以て事象となるモノを見た結果を私たちは聴くことになるわけですから、ひとりで活字を追い掛けるよりもその活字の配列が生み出す内容に対して様々な切り口が存在することを知ることが出来るだけでなく、内容に対する幅広い理解をすることが出来るわけです。
今日のお話を伺っていて私の日本についての理解を振り返ってみると、高校まで日本史を専攻していたので人並み程度の理解はしているつもりでしたが、よく考えてみれば所詮は文科省が定めた範囲での理解であり、文字通り人並み程度の理解しかしていなかったんだなと思うことが何度かありました。
近年人とのつながりの軽薄さに対する警鐘やこれが影響した事件やらをニュースで目にすることも珍しくなくなってきていますが、人の話を「聞かない」よりも「聞く」、「聞く」よりも「聴く」ということの重要性を改めて痛感しました。

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