福岡県議会(平成二十二年)六月議会:一般質問「社会保障のあり方について」


こんにちは。日本の伝統・文化・歴史を守る、自民党県議団の鬼木誠です。
最近私が「この問題は近い将来、日本にとって重大な問題になる」と心配していることがあります。それは、離婚率の増加です。
私の身の回り、同世代の知人を見回しても、いわゆるバツイチ子持ちという女性が、珍しくないどころか普通にたくさんいます。そういう境遇にある方が女手ひとつで子供を育てている状況を見て、なんとか行政が助けてあげられないものかと議会で質問をしたこともあります。

しかし最近は、母子家庭が増え続ける状況や不正受給目的の偽装離婚などを目にするにつけ、「社会保障を手厚くしていくことは最善の策なのだろうか?」という疑問が湧いてきました。そう考える契機となったのは子ども手当ての支給です。「家族で助け合わなくても生活していける」というシステムが「家族なんていらないじゃん」という方向へ社会を導くことになるのではないか、と思うのです。

社会保障が充実すればするほど、家庭での助け合いは必要ないものとなってきます。家族の代わりを社会が果たすことで、「社会保障の充実が、家族という伝統的な秩序を崩壊させている」という皮肉な結果を導くのです。家族が子供を育てるという常識が、社会が子供を育てるという常識に転換されようとしています。それは政策によって助長されている側面があるとはいえないでしょうか。

私はここで母子家庭への給付をやめたほうがいいと言っているわけではありません。母子家庭の背負った生活の困難さは理解しているつもりです。
私が訴えたいのは社会保障政策のあり方です。国民ひとりひとりが自立を目指す国でなければ、皆がもたれあうことになれば国は倒れてしまいます。国民個人が、また家庭が本来持つべき責任部分が語られなければ、幅広い社会保障を国民の税金でまかない続けることは不可能でしょう。私は福祉国家における個人のあり方、家庭のあり方、社会のあり方すべてが真剣に考えられなければならないと思うのです。

論点を絞って議論しましょう。先の予算特別委員会でも私が強く異議を唱えた子ども手当についてです。子ども手当が成功した例としてしばしば引き合いに出される国にフランスがあります。ここで、フランスで起こった出来事を紹介します。

2007年、手厚い子育て支援政策でフランスの出生率が1.98となりヨーロッパ1位となりました。しかし一方、結婚していない両親から生まれた子供、つまり婚外子が半数を超えたことも分かりました。1965年にはわずか5.9%に過ぎなかった婚外子の割合は、2007年には50.5%と増加し、誕生した子どもの半数を超えたのです。私が漠然と不安視していた「社会保障の充実による家族制度の崩壊」という懸念は、フランスにおいてはっきりとしたひとつの答を出したのです。

知事はフランスで起こった婚外子の増加についてどうお考えになるでしょうか。出生率が上がっても、家族制度という秩序は崩壊し社会が不安定化している状況があります。子供の数さえ増えればいいのでしょうか?知事の見解をお示しください。

母子家庭への給付、さらに最近では子ども手当が給付されるようになり、「社会で子どもを育てる」というフレーズがたいへん美化されて喧伝されてきました。しかし私は「子供は家庭が育てる」という大原則が、忘れてはならない最も大事なことだと思います。

私が副委員長を務めている文教委員会では、昨年は秋田、今年は福井と、学力・体力テストの最上位県を視察に行きました。たいへん実り多い視察でありましたが、その中で私が確信をもったことは「子供の学力には家庭環境が大事である」ということであります。落ち着いて勉強できる家庭環境、子供の学習理解に目が行き届く家庭環境が大事であると強く感じました。文教委員が学校の責任をさておいて家庭環境が大事などと言うことは、おそらく過去タブーであったろうと思われます。また、それぞれに事情の違う家庭についてまで口を挟むこともまたタブーでありましょう。しかし、子供の成長における家庭の重要さは、誰が何と言おうと間違いないと思います。

人類史上、いつだって人類は自分の力で生きていかなければなりませんでした。そこで生きていけない弱い人を、育て、守り、支えたセーフティーネットが家族でありました。個々の家庭内での支えあい、また、一族郎党親族という共同体の助け合いがありました。

逆説的に、「家族が崩壊した現代だから社会で支えるのだ」という方もおられるかもしれません。しかし、だからといって家族の重要性が否定できるものではありません。むしろなおさら家族の絆を強めることを考えるべきでしょう。
スウェーデンなどの高福祉国家では家族制度が崩壊しているとも言われています。そうした事例からも、日本が目指すべき社会保障は、ヨーロッパを丸ごと真似るべきではないと私は思うのです。民主党政権が目指しているのは、格好良く言えば「ヨーロッパ的な社会民主主義」かもしれませんが、それらの政策は日本の秩序を形成してきた家族制度を崩壊させるものだと私は危惧しております。中でも、ジェンダーフリーや夫婦別姓といった政策は、それによって日本が幸せになるとは私には到底思えないのです。

政策とは社会のあるべき姿を指し示し、その方向に社会をリードするべきものであります。社会のあるべき姿とはまさに人それぞれの価値観によって異なりますので、私の考えに賛同できない方がおられてもそれは仕方ないと思います。
「東西冷戦が終わってイデオロギーの対立はなくなった」という言説が巷間まことしやかに流れておりますが、それはまさしくフィクションであり欺瞞であります。政治が指し示す国の理想の姿とは価値観そのものであり、価値観とは思想そのものであります。思想のない価値観などなく、価値観のない政策などありません。ですから政策の議論をするならばイデオロギーの議論になるのは当然の帰結なのです。思想や価値観に蓋をして、隠して議論するべきではありません。堂々と、お互いの価値観を示して議論するべきです。

私が大事だと思う価値観とは、家族の絆の復活であります。家族の絆が強くなる方向に社会をリードする政策が必要だと思います。現民主党政権の政策では、家族の絆は腐食するばかりです。家族でなくても子ども手当てはもらえる、家族を養うための配偶者控除は廃止される…家族であることのメリットが政策的に消されているわけです。政策の誘導によって国民が「家族なんていらないじゃん」という方向に流されることを、私は危惧いたします。

私はこの流れとは逆に、家族を大切にすることを奨励する政策が必要だと思います。例えば、三世代同居の住宅建築に奨励金を出すといった政策を県でやってみてはいかがでしょうか?家族で助け合って暮らすライフスタイルへのインセンティブを打ち出すことが必要だと思います。

そこで質問します。

「家族」という単位を大事にするという価値観を示し、その方向に社会を導く政策が今後ますます必要になると私は考えますが、知事はいかがお考えになるでしょうか。知事の考えをお聞かせください。
以上で質問を終わります。ありがとうございました。

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知事答弁(福岡県知事 麻生渡)

家族に対する考え方について
家族を大切にしなきゃいかぬということ自体は、私もそのとおりだと思います。しかし、前半に展開されましたけれども、社会保障制度が家族ということを壊してしまうんじゃないかということは、本当にそうかどうか。それはやっぱり、家族をちゃんと維持していくために、いろんな困難な社会的な状況になっておる場合に、それを社会的に支援していく、あるいはそれを安定させていくというこの仕組みは、家族をむしろちゃんと家族生活を維持していくということを、一種の保障しているわけなんです。ですから、むしろ社会保障制度があるからこそ、激しい経済的な変動があり、あるいは社会の変動がある場合においても家族単位というのが維持できるという基礎を与えておるというふうに私は考えておるのです。
フランスの婚外子の増加について
フランスで婚外子が非常に増えたということについてでございますけれども、その原因が、言われるように社会保障制度とか、あるいは子ども手当が手厚くなされたということが原因なのかどうかというのは、よほどよく考えなきゃいかぬと思います。おそらく、これはそれぞれのフランス人のいろんな社会に対する考え方とか、人生のあり方とか、あるいはいろんな社会的条件、例えば女性として独立した職業についていくとか、そういうようないろんな社会的な条件の変化の結果として生まれているんじゃないかと思いまして、この事態をもって社会保障制度が原因であるとか、子ども手当を手厚くしたからこういうことになったんだというのは、もうちょっとよく勉強しなきゃいかぬのじゃないかと思います。

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鬼木 再登壇

学力向上の秘訣を視察に行った福井県のある小学校で、校長先生の言葉に私は驚きました。

「うちの小学校は福井県内では学力は高くありません。この小学校は温泉地にあるため子ども達の家庭環境は複雑です。約300名の児童のうち、70名の児童の家庭が母子もしくは父子家庭です。しかし私は、子供達に基礎・基本の学力と、たくましく生きる力だけは身につけさせようと思って取り組んでいます。」とのことでした。

漢字や計算の小テスト、全員が満点を目指す基礎確認テスト、朝から体操服に着替え休み時間には外で遊び、音楽の時間には窓が震えるほど大きな声で歌う…子供の目の輝きに感動させられました。

今の日本は人口減少に怯えていますが、大事なことは量より質、数より中味ではないでしょうか。良い教育さえ与えれば、国民は自立して生きていくことができます。

2年前訪れたブラジルで見た日本移民は、お金を与えるよりも教育を与える生き方で苦労のはてに成功を収めました。私はそこに古き良き日本の心を見ました。

今日本に必要なのは、欲しいものを何でも買ってくれるお父さんではなく、勉強しなさい努力しなさいと厳しく叱ってくれるお父さんだと思います。それは家庭においても政治においても同じだと思います。

社会保障のあり方の話が最後は教育の話になってしまいましたが、日本の未来についてはこのぐらい総合的にあらゆる方向から考える必要があると思います。

子育てのために国民に現金を手渡すことは長期的に見た結果として決して良い解決法にならないことをあらためて主張しまして私の発言を終わります。ありがとうございました。

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