福岡県議会(平成二十一年)十二月議会:一般質問「地方分権のあり方について」


民主党政権で鳩山首相が連呼するフレーズに「地域主権」という言葉があります。私はこの言葉にたいへんな危うさをおぼえています。

主権という言葉はもともと「国家の主権」や「国民主権」というふうに使用されています。「国家の対外的独立性」や「国家の最高権限がどこにあるのか」ということを表します。広辞苑によれば、

【主権】
  1. その国家自身の意思によるほか、他の意思に支配されない国家統治の権力。統治権。
  2. 国家の政治のあり方を最終的に決める権利

とあります。

つまり「主権」とは、最高・絶対の権力であり、それを主張すべき単位は「国家」なのです。

地域に主権があるというこの言葉は、国家の主権をないがしろにしています。例えば、もしある地域が日本から独立するというのなら、そこに地域の主権が認められるのでしょうか?「地域のことは地域が決める」、その範疇はあくまで国家の主権を超えない範囲内であるべきです。

平成20年9月の一般質問において私は、「国家の主権が軽んじられている中での分権議論は、日本をバラバラにしてしまうのではないか」ということを指摘し、道州制に潜む危険性に警鐘を鳴らしました。それから一年以上の月日がたったわけですが、状況は改善されるどころか、この「地域主権」といういいかげんな言葉によって私の心配は増すばかりであります。

そもそも地方分権とはどういう意味を持つものだったのでしょうか?

明治以来の中央集権政府によって発展を遂げてきた日本において、その中心をなしてきた官僚機構の制度疲労を正すことに眼目があったのではないでしょうか。

中央省庁が地方の細部にわたるまで口をはさみ、はしの上げ下げのような小さなことまで中央にうかがいをたてなければならない。こんな非合理を排除し、地方にできることは地方でやりましょう、そのための権限と財源を地方に渡してください、国は国のやるべき大事なことをしっかりやってください、というのが、地方分権の意義だったはずです。

私自身、その趣旨にはおおいに賛同するところであります。地方分権はやるべきだと思います。しかし、分権を進めることと地域に主権を譲ることとは全く別の話です。地域に主権があるとする「地域主権」という言葉には賛同することはできません。

行政において、言葉の定義や使い方は非常に厳格なものがあります。議会でのやりとりでも一言一句正確な言葉遣いが求められます。それほどまで行政は言葉について厳格なのに、なぜ「地域主権」といういいかげんな言葉がまかりとおるのでしょうか。

自民党県議団の今回の代表質問において「どういう意図で知事は地域主権という言葉を使用しているのか?」との問いに対し、知事は「民間の有識者や総理大臣が使っている」ということを根拠にあげられました。最近の有識者と言われる人達にどれほどの見識があるのでしょうか? 大学教授であれジャーナリストであれ、テレビにチャラチャラ出演して好き勝手なことを言うコメンテーターが、長期的な国益にかなう健全な良識をどれだけ持ち合わせているでしょうか。ですから私に言わせれば、「有識者も使っている」などという根拠はリーダーが拠り所とすべきものではありません。

また、「地方分権が広く深く進むことを意図した言葉と理解している」とお答えになりましたが、地方に分権することと地域に主権があるということは決して混同できうるものではないと私は思います。思慮深く頭脳明晰な麻生知事にしては、あまりにも軽率な言葉遣いだと考えます。

何度でも言いますが、私は「地域のことは地域が決める」には賛成ですが、その範囲は国家の主権を超えない範囲であるべきです。地域が主権を持っていいのでしょうか。地域が住民投票を行って独立を決議したら、その地域は日本から独立することが可能なのでしょうか? それで日本は国家の体をなすのでしょうか。

今年の元日だったと思いますが、ある新聞が一面トップで「祝!九州国独立!」という記事を書いていたのに私は驚きました。九州が国として独立して喜ばしいなどというのは、誇らしい気持ちはわからなくはありませんが、日本という国家意識の薄弱さに呆然としました。まさにそこには日本という国の主権は尊重されていません。

九州のGDPは、世界の国と比べればオランダに次いでベルギーを凌いでいます。国におきかえれば世界17位に相当します。それは立派なことではありますが、世界第2位のGDPを持つ日本をわざわざバラバラにして順位を下げる必要はありません。また、日本の中の九州であるからこそこのGDPがあるのです。私達は、日本という国家に守られてこれまで豊かさを享受してきたということをすっかり忘れてしまっていないでしょうか?

知事は沖縄でおこっていることをどのように見ていらっしゃるでしょうか。

普天間基地についての大混乱は、外交・防衛上、日本の国益をおおいに害しています。現在、外交・防衛という国の専権事項でさえままならない状況で「地域に主権がある」などと言い切ってしまったら、基地はいらない、原発はいらない、地域が決めました、では、もはや日本は国家としての体をなさなくなるのではないでしょうか。

知事は、最近放映されだした司馬遼太郎さん原作のテレビドラマ「坂の上の雲」をご覧になったでしょうか。明治の日本人は列強国の脅威を自覚し、生き馬の眼を抜く国際社会の中で日本の主権を確立してきました。現代の日本人は平穏無事が当たり前になり、国家主権の価値を忘れてしまっていないでしょうか。

「国家の主権を軽んじた道州制議論は危険である」と指摘した一般質問のあと、私はある県庁職員から「鬼木さんはウルトラライトですね」と言われました。

ウルトラとは、「極端な、過激な、超〜」という意味です。ライトという言葉を右と訳すならば、ウルトラライトとは「極右」ということになります。国家の主権の大切さを訴えて極右扱いされるこの国は、どうなっているのだろうと思います。

しかしこの職員の気が利いているところは、英語で伝えたところです。ライトという単語には「正しい」という意味もあります。その意味で訳すならば「鬼木さんは超正しいですね」と言ったことになります。

こんなエピソードは言葉の遊びです。しかし「地域主権」という造語は言葉の遊びとして笑ってすませられるものではありません。

地域主権などといういいかげんな言葉を、全国知事会長として軽々しく使わないでほしい。

全国知事会長として大きな影響力を持つ麻生知事に、「地域主権」という言葉を今後使わないでいただきたいと思いますが、知事の御所見をお聞かせください。

平成15年の決算特別委員会、私の知事保留質疑において知事は「分権の議論は中央と地方の権限争いではない」とおっしゃいました。国のあるべき姿を作り出す高尚な議論であるべきとするその態度に、まさにそのとおりだと思いました。しかしここにきて、分権の議論はより過激な権限争いになってきていないでしょうか。権限と財源をよこせという話が、主権まで地域に存するという話になってきました。道州制の議論も地域主権という言葉も、地方分権がいっこうに進まないもどかしさを打ち破りたいがための、極端な振り子ではないでしょうか。同様に、昨今の「官僚がなにもかも悪い」という固定観念も、行き過ぎた振り子ではないかと思われます。今一度、地方分権の基本に立ち返って何をどうしていくのかを考えていただきたいと思います。地方に与えるべきは「権限」と「財源」、そして私が忘れてならないと考えているのは「責任」です。地方が自ら責任を負って自治を担うことが分権には肝要です。

以上、私なりに地方分権について思うところを述べさせていただきましたが、これからの地方分権のあり方、進め方について、知事のご所見を伺います。

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知事答弁(福岡県知事 麻生渡)

「地域主権」という言葉の使用について
私は、新政権が地方分権を広く深く進めていくという意図を明確に表した言葉であると理解しており、これまで一貫して主張してきた地方分権が進むことを期待して、この言葉を引用しております。
地方分権改革の進め方について
新政権との協議等を行いながら、国と地方の役割分担の見直しを進め、地方の問題は、国の権限・財源を地方に思い切って移譲し、地方自らの創意と責任で、地域の個性や特性を生かした地域づくりが可能となる分権型社会の構築を目指してまいります。

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鬼木 再登壇

昔、中国の杞という国の人達が、天が崩れて落ちてくるのではないかということを憂えたという故事から、将来のことについて無用の心配をすることを「杞憂」と言います。

国家の主権がないがしろにされている現状を憂う私の心配ははたして杞憂でしょうか?

昨日は防衛議員連盟の講演会において、南西諸島の防衛強化の必要性について説明がありました。太平洋地域の平和・安定のために、この南方の島嶼部の防衛が非常に大事だという時に、現連立政権の下では「沖縄に基地はいらない」という意見が、県外だ国外だと、真剣に検討されているわけです。

また、道州制の議論において「沖縄道州制懇話会」という団体は、「特例型単独州」を目指すとしています。その座長の大学教授は「三権を備えたかつての琉球政府の経験をいかした提言になった」と、コメントしています。まさに地域に主権が存するかのような、独立国を目指すかのような意識が醸成されているわけです。

沖縄から基地はなくなり、沖縄は単独州、そして独立を目指し、九州南方海上の防衛と太平洋の秩序は不安定なものとなる……こうした憂いは、天が落ちてくる類の無用の心配でしょうか?

私は変人扱いされてもウルトラライトと呼ばれてもかまいません。ただただ、真剣に日本の将来のことを憂えております。

どうか知事におかれましては、この「地域主権」という言葉を金輪際使わないでいただきたいと、これは「要望」でも「抗議」でもありません、「哀願」いたしまして、質問を終わります。 ありがとうございました。

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