おはようございます。緑友会・新風の鬼木誠です。
爽やかな晴天が続いています。まさにスポーツの秋です。本日は本県のスポーツ振興について質問を致します。
スポーツは「健康・体力づくり」、「青少年の健全育成」、「生き甲斐づくり」、「地域コミュニティの醸成」、「国際的な友好と親善」など、私達に多大な活力をもたらしてくれます。また、人生に豊かさや夢を与えてくれるものです。その効能に大きな価値を見出した国々では、スポーツ省という省や、スポーツ大臣という大臣がいることも珍しくはありません。それほどにスポーツの重要性は国際的にも認知されたものであるといえます。
そこで我が福岡県ではどうでしょうか。どれほどスポーツの価値が認められているでしょうか。スポーツと名の付く部署は教育庁のスポーツ健康課しか見あたりません。そこで、大学時代は柔道の名選手として鳴らした麻生知事にお尋ねします。県におけるスポーツの重要性に対する知事の認識をお答えください。
私は、高校・大学・社会人、と、ラグビーを続けてきました。ラグビーは「スクラム組んで」という表現や「one for all, all for one」という言葉に表されるようにチームワークのスポーツです。また「ノーサイド」という言葉に象徴されるようにスポーツマンシップを尊びます。本場イギリスでは「ラグビーは、少年をより早く大人にし、大人をより早く子どもにする」と言われ、教育効果の高いスポーツとして知られています。
この福岡県議会においても、私を含めて6名(吉原・武藤・後藤・冨田・渡邊・鬼木)のラガーマンがいらっしゃいます。どなたも、優しい心と強い体を兼ね備えた方ばかりであります。教育委員会の森重隆さんも福岡出身のラガーマンで、日本代表での試合出場記録を保持していらっしゃいます。
また福岡はチビッコラグビーが盛んなことで有名です。老舗から新興チームまで、たくさんの強豪チームが凌ぎを削っています。これらのチームから、何人もの日本代表選手が生まれています。
さてここからが問題です。これほどまでに盛んで有為な若者を育んできたチビッコラグビーにおいて、いくつものチームが存続の危機に瀕しています。理由は単純です。練習をする場所がないのです。グラウンドが確保できないのです。
創成期には空き地を見つけての草ラグビーでしたが、実績とともに子どもの人数も増え、都市化とともに空き地がなくなってきたことが背景にあります。
そこで知事および教育長にお尋ねします。現在一般県民がスポーツに利用できる県有施設、もしくは県立学校のグラウンドはいくつありますでしょうか?民間の任意のクラブチームが、例えば毎週土曜日の午前中というように定期利用することはできないものでしょうか?またこうした「定期的に利用できるグラウンドがない」という問題に対していかがお考えでしょうか?
平成十四年度に県教育委員会が実施した県民のスポーツ意識・実態調査によると、今後スポーツを継続的に行いたいと考えている県民は、78.5%います。また、週一回以上継続的に運動やスポーツに取り組んでいる県民は41.1%にのぼっております。しかしながら裏を返せば、37.4%の県民が、スポーツを継続的にやりたいという意向を持ちながら、実際にはそれが叶っていないということであります。
これをひとえにグラウンドのせいだけであるとは申しませんが、しかし仮にもオリンピックに手を挙げようかという県の住民が「グラウンドがなくてスポーツができません」というのも情けないことではないでしょうか。県では福岡からトップアスリートを生み出そうという「タレント発掘事業」をスタートしましたが、それに劣らずスポーツ環境の整備が大切なのではないでしょうか。場所がなければスポーツ自体、できないからです。環境整備なしにスポーツ振興を叫ぶのは、無責任なことではないでしょうか。今必要なのは豪華なスタジアムではなく、県民が日常気軽に利用できるスポーツ環境です。知事、教育長、この県民の声にどう答えていただけますでしょうか。
一方、県民のスポーツに対するニーズの多様化も、スポーツができないという原因のひとつに挙げられます。例えば、若者の間で流行しているスケートボードです。プレーする場所がないために、若者達は広場や公園で練習をしています。それは時に危険な状況を生み、公園利用者との事故やトラブルに至っています。愛好者の間では「スケボーのパブリックパークが欲しい」という声があがっています。突飛な発想に聞こえるかもしれませんが、現に長崎県小江町や福岡県古賀市ではスケートボードやインラインスケート専用のパブリックパークが実現しています。
スノーボードなども、流行当初は「あれがスポーツ?」などとさげすまれている感がありましたが、今では立派なオリンピック種目です。そもそもスポーツというものはそういうものではないでしょうか。あれはくだらない遊びでこれは高尚な競技だと決めつけるのは固定観念による偏見です。
これからの社会では、県民の誰もがそれぞれの目的に応じて主体的にスポーツ活動を行うことができる「生涯スポーツ社会」を実現しなければなりません。そこで、教育長にお尋ねします。これら、多様化している県民のスポーツニーズに応え、生涯スポーツの普及振興を図るための基本的考え方をお聞かせください。
さて先の総選挙でも大きな争点となった「官から民へ」という考え方があります。民間でできることは民間で、という考え方で、行政のスリム化を目的としています。私の主張するスポーツ環境への行政の積極関与はこの流れに反しているようですが、これには理由があります。
都市の開発において手放しで民間に任せておけば、都市部に緑や公園、運動施設はなくなります。採算に合わないからです。全部、宅地やマンションになって切り売りされることでしょう。健全な住み良い住環境のためには、やはり行政の関与が必要なのです。それが官の役割ではないでしょうか。
都市部のグラウンドには多面的公益性を持たせることで存在価値を高めることを提案します。そのひとつの例に雨水貯留槽の埋設が挙げられます。先日姪浜中学校のグラウンドに見学に行ってきました。グラウンドの地下に30×30×1.6メートルの雨水貯留槽を埋め、洪水時の雨水が下水管から溢れ出さないようにするものです。この機能によってグラウンドの公共性・公益性はますます高まります。水害対策が重大な課題である福岡にとって、いい方法ではないかと私は考えます。災害時の避難場所としても広いスペースは必要です。このように公益性という面からもグラウンドの持つ価値が再評価されてもいいのではないでしょうか。
最後に義務教育における部活動についてお尋ねします。
最近、義務教育における部活動が過熱傾向にあるのでは、という声を耳にしました。ひどいケースでは夏休みに、朝8時から夜8時までということもあるそうです。
部活動の価値はよくわかっております。しかし、基礎学力を身に付ける重要な時期に、子ども達は朝練・夕練ですり減ってしまってはいないでしょうか。生徒も父兄も顧問の先生も、勉強そっちのけで部活動に血道をあげていないでしょうか。
人間は本来なまけものです。子どもならばなおさらです。勉強とスポーツ、どちらを選ぶと問われればスポーツを選ぶでしょう。「今日は授業をやめてドッヂボールをやります。」と言えば、喜んで一日中ドッヂボールをするでしょう。それは子どもの自由だ権利だと、放っておくことはできません。そこを修正してバランスよく勉強と運動を両立させるのが大人の役割です。
そこで教育長に伺います。義務教育における部活動の位置づけをお答えください。また、学力との両立可能な、合理的な指導はなされているのでしょうか。そういった部活動のガイドラインや平日の終了時刻などは決められているのでしょうか。
私の経験を言わせてもらえば、学生時代はもとより、社会人になってからも文武両道を指導されてきました。そういう指導者に育てられてきました。「我々の本分は仕事である。決してスポーツは本業ではない。だから、スポーツをしていることを本業ができない言い訳にしてはならない。ラグビーもやり、仕事もやる。我々はあくまでも文武両道で行こう。」そう教わってきました。私は少なくとも公立の義務教育においては文武両道の指導は絶対条件だと考えます。教育長のご見解をお聞かせください。
以上で私の一般質問を終わります。ご静聴ありがとうございました。